第64話 メインイベント

「レディース&ジェントルマン! さてさてそれでは、今宵の催しを発表させていただきます!! 今夜の目玉は、なんといってもコレ! 彼の登場を聞いて、急遽予定をキャンセルして駆け付けた方もおられるでしょう!! デートをキャンセルさせてしまった方、誠に申し訳ございません! 先の試合からは実に三ヶ月ぶりの登場になります! 闘技場の王者、セオ・ブッコの登場だァ!!」


 司会がセオの名を出した途端、会場に大きな驚きのどよめきが広がる。セオの登場を知らずに訪れた者も多かったのだろう。どよめきは次第に歓声へと変わり、闘技場の英雄の凱旋に場内の熱気は早くもピークに達しようとしていた。

 セオ・ブッコは剣闘士だが、最近はその強さから試合が組まれ難くなっており、王者と呼ばれるようになってからは、捕獲してきたモンスターなどと戦ってお茶を濁していた。人間相手では、もはや賭けにならないのだ。

 それくらい、セオの対人戦闘能力は極まっている。それこそ、一対一での立ち合いであれば、上級冒険者にすら引けを取らないといわれている。

 まぁ、冒険者が相手をするのは基本的に、モンスターだのダンジョンの主だのの怪物だからな。おまけに、一対多や不意打ちを常に警戒する戦い方が、本職の冒険者には求められる。

 尋常の立ち会い方とは、おのずと違ってくるのだ。セオが上級冒険者と同格と語られる枕詞に『一対一で』と注釈が付くのは、そういう絡繰カラクリである。


「しかし皆様? 皆様はいま、こう思われたのではございませんか? 『セオが出るなら、今日のメインステージは賭けにならないな……』『また怪物相手のデモンストレーションか……』『セオと戦える人間なんていないから仕方がない……』と! ご安心ください、ご安心ください! 今宵のメインイベントには、王者セオ・ブッコに相応しい挑戦者がおります!! 勿論、人間です! ……いえ、彼をそう評していいのかは大いに疑問が残るところではございますが……。ええ、ええ! 皆様のご心配は重々承知しております。そんなものは賭けを盛りあげる為だけの口八丁、舌先三寸ではないのか? ただの大風呂敷になど騙されるか、と! ご安心ください、ご安心ください! 間違いなく、皆様のご期待に沿えるだけの挑戦者でございますとも!! それでは皆様!! 今宵のメインディッシュが楽しみなのは痛い程わかりますが、その他のステージの紹介おば。いえいえ、こちらも必見のカードが揃っておりますとも! 本来ならメインになれる食材を、贅沢にもオードブルに――」


 随分と勿体ぶるもんだ……。いやまぁ、相手が【ハリュー姉弟】ともなれば、これだけの前置きもむべなるかな、か……? 特に、ヴィー・デラウェアとのつながりが強い連中なら、いまもっとも耳にしている名前かも知れん。


「いえ、どう考えても過剰ですね。恐らくですが、司会やその後ろにいるデラウェアは、ショーン・ハリューがセオに勝てるわけがないと思っているのでしょう。ここで広げた風呂敷が大きければ大きい程、ショーンが負けたときの『拍子抜け感』は大きくなります。そしてその落胆、失望は【ハリュー姉弟】の名を落とし、ついでに彼らに敗北したウル・ロッドの看板にも罅を入れられます……」


 ミッフェルの言葉に、なるほどと頷く。


「俺からすりゃ、セオがすんなりショーン・ハリューに勝てるとは思えねぇから、その発想はなかったな。冒険者の階級ランクでいったら、ショーンは四級、セオは五級だ。むしろ、セオの方が見劣りすんだろ?」

「セオは冒険者になってから浅いですからね。その戦闘能力は、完全に上級のそれだともっぱらの噂です」

「それを言ったら、旦那の方がもっと短ぇだろ……」


 ちなみに、姉のグラはさらに短い。こういうところも、旦那がわざと自分の方を侮るよう工作しているんじゃないかと、俺は疑っている。いや、流石に穿ちすぎか……? いくらなんでも、ギルドが自分たちを大幅に飛び級させるだなんて、登録時から読めるはずがねえ。そんな事まで予測できたら、それはもう占いか予言の類だ。

 ただまぁ、それでも普通、一年と経たずに上級冒険者になるようなヤツを、舐めてかかるのはバカのする事なんだが……。


「いや、まぁ、それはそうなんですが……」


 だが、やはりというかなんというか……、ミッフェルはそれはそれとばかりに曖昧な答えを返す。

 その顔には『きっと戦闘能力以外の貢献が認められて、上級になったのだろう』という思いが透けて見えた。俺自身、少し前まではそう思っていたのだから、その思考自体を否定するつもりはない。

 実際、バスガルのダンジョン討伐における功績がギルドに認められたからこそ、彼らは異例の早さでの昇級したという。その『ごぼう抜き』のせいで、どうにも本来あるべき上級冒険者に対する畏敬が、彼らには向きにくいように思える。

 俺がそこまで考えたところで、他の試合を紹介していた司会の口調が変わる。よりいっそう仰々しく、熱のこもったものに。


「――さてさてぇ!! もう皆様、待ちきれないでしょう!? わかります、わかります! 早くしろ早くしろという皆様の無言の圧力、届いておりますよォ! 大っ変、長らくお待たせいたしましたァ!! 今宵のンメェェエエイベンッ!! セオ・ブッコの試合について、その対戦相手をご紹介させていただきまァすッ!!」


 司会の言葉に、散々焦らされていた観客たちがワッと湧く。セオ・ブッコは、普段闘技場にまったく足を運ばない俺ですら知っている程の、文字通り闘技場の王者だ。

 当然、セオには多くのファンが付いており、そういう輩はたとえエキシビションマッチであろうと、大喜びで入場券を買い漁る。おまけに、今夜はそんな王者の、久々の対人戦だ。沸かずにはいられまい。

……俺とミッフェルだけが、通夜のようなテンションでいる会場に、司会の声とかんせいが響く。


「――もうこれ以上、私も我慢できません!! 興行主オーナーには申し訳ないですが、これ以上出し渋りはいたせませんとも!! 皆様、私と一緒に盛り上がりましょうッ!! なんと! なんとなんと!! なんとなんとなんとォッ!!!! 今宵、この舞台にお呼びしたのは、噂の【ハリュー姉弟】のお一人、弟のショーン・ハリューだァァァ!!」


 司会の紹介に、会場の三分の一くらいは困惑しているようだ。まったく聞き覚えがないという輩は流石に一握りだろうが、覚えてないという連中はそれなりにいたのだろう。

 だが、残りの観客連中は予想外の大物の登場に、別の意味で困惑している。動揺が窺えないのは、あらかじめ知っていたヴィー・デラウェアに近しい【反ハリュー姉弟派】の連中だろう。

 会場のあちこちから『悪魔』『悪夢』『死神』などという単語が聞こえてくる。ハリュー姉弟の悪名は、それなりに広がっている。主に酒の不味くなる噂話として、だろうが。


「どうやら、ご存知の方も多いご様子! そう! ショーン・ハリューです! 昨年突如としてアルタンの町の地下に侵出してきた、バスガルのダンジョン!! そのダンジョンの主を単独討伐し、先頃はサイタンへと攻め寄せた帝国軍を返り討ちにした、まさしく英雄!! 四級冒険者のショーン・ハリューです!! 帝国においては【死神姉弟】【邪神生みの御子アングルボザ】とまで呼ばれ、大の男ですらその名を聞くと頭を抱えて泣きべそをかく程に恐れられているとか!! 国内であれば【白昼夢の悪魔】の異名の方が通りは良いでしょう! 恐るべくはこれだけの功績を、冒険者登録一年未満で成し遂げたというところでしょう!! そうです皆様!! 【白昼夢の悪魔】ショーン・ハリューは、セオ・ブッコよりも短い期間で、我らが王者セオ・ブッコよりも冒険者として高い階級を獲得したのです!! 今宵のこのステージが、ただのデモンストレーションでない事は、これだけでおわかりでしょう!?」


 司会の語り口に、俺は思わず舌打ちした。


「……煽りやがる……」


 当然だが、闘技場に集まる観客の多くは、ここでの闘いに魅せられたファンたちだ。その王者たるセオに対しても、反感よりも好感を抱いている者がほとんどであろう。

 そんな連中の前で、あえてセオの方を下げてみせる。当然、元々剣闘士でもないショーンへの反感が強まるわけだ。


「旦那が負けた際に飛ぶ、野次を大きくしたいってところか。こすい真似をしやがる」

「賭けを煽る為のリップサービスと言われればそれまでです。実際、嘘を言っているわけではないでしょう」


 セオの実力が、闘技場でのタイマンに特化していると知っている者は、それなりにいるだろう。口止めされたわけでもねぇ冒険者連中が、酒場で明かす事も多い事実だ。

 だが、然りとてそれで闘技場の王者を格下扱いされて、面白いヤツなど闘技場ここにはまずいまい。特に、セオのファンはな。


「……問題は試合後だ……」


 悪印象というヤツはなかなか拭えない。それは、アルタンにおいて悪名を轟かせ過ぎたせいで、腫れ物扱いをされているハリュー姉弟なら身に積まされる話だろう。同じような事をここウェルタンでやられると、住民たちの意識の改善は大仕事になると容易に想像できる。

 なにより厄介なのは、その難事が俺の仕事にされそうなところなんだよなぁ……。かといってサボれば、それこそ大事に発展しかねねえ。アルタンでは一〇〇〇人規模の暴動が起こって、領主が出動する事態に発展したんだったか……。まぁ、大部分は、諸外国の間諜の仕業だって話だが。

 いまから思えば、あれは帝国がベルトルッチ平野に攻め込む為の布石だったんだろうな。あの時点で既に、帝国はナベニ共和圏へ攻め込む算段は立てていて、第二王国側からのちょっかいを受けないよう伯爵領を混乱させたかった。

 結果、帝国は念願の海を手に入れ、それを一番懸念するであろう、隣国の第二王国からの介入を許さなかった。

 最後にどっかのバカ貴族が伯爵領に攻め込むという、一切を台無しにしかねない大バカをやらかしたが、それ以外は概ね帝国の思い通りに事態は推移したのだろう。すべてが終わってからようやく絵図面が見えてくる辺りが、流石は影の傑物、ランブルック・タチか。或いは、当時第二王国に出入りしていた【オーマシラの緋熊】の手柄か。どちらにしろ、恐るべきは【暗がりの手ドゥンケルハイト】である。

 今夜の催しに関係のないところに思考が飛んでいた俺は、ミッフェルの重々しい口調で現実に戻る。そうだ。いまは眼前の状況が第一である。


「実際問題、尋常の立ち会いで魔術師がセオ・ブッコに勝てるとは、到底思えません。ショーン・ハリューが魔術師であると知っている者の多くは、あの煽り文句を歓迎しているでしょう」

「配当金を増やしてくれてありがとう、ってか? 旦那が言うには、どちらに賭けようと無意味だって話だがな」


 その点も、俺は気になっているのだ。

 今夜のこの試合、実際のところヴィー・デラウェアは上手い手を打ったのだ。


――この試合、どちらに転ぼうと連中は損をしないのだから。


 順当にセオが勝てば、ショーン・ハリューの頭を押さえ付け、【ハリュー姉弟】に対する影響力の誇示ができ、ウル・ロッドを貶められる。だがたとえショーンが勝っても、試合と賭けは盛り上がり、ヴィー・デラウェアの財布は潤う。

 ヴィー・デラウェアからすれば、どちらかといえば前者の方がいいだろうが、後者でもまったく損はしないのである。大番狂わせというのは、賭場を運営するうえでは必要なものだ。すべてがただの予定調和と化しては、そもそも賭けが成立しない。王者の賭けが成立しないのと同じ理屈だ。 

 おまけに、こうしてショーン・ハリューを表舞台に引っ張り出せたというだけで、実際はどうあれその影響力を観客に印象付けられるのだ。闘技場そのものの名もあがるだろう。

 事程左様に、セオと旦那のどちらが勝っても、興行主ヴィー・デラウェアの利となってしまうワケだ。出場した時点で、こちらの負けといっていい。


「だが、旦那は今夜を境に連中は破滅するという……」


 俺がボソリと呟くと、ミッフェルは信じ難いとばかりに嘆息混じりにこぼす。


「あまり彼の言葉を信じすぎるのもどうかと思います……。たとえばショーン・ハリューが即座に降参して、八百長が明らかになったとしても、即座にヴィー・デラウェアが破滅するなんて事にはなりません。まぁ、観客らの不満は相当なものになるでしょうし、今後の闘技場運営にも大きく支障を来すでしょうが……」

「そうだよなぁ……」


 俺らがこの試合を滅茶苦茶にしようと思えば、八百長が一番手っ取り早く、相手に対してのダメージも大きい。ただしそれだけでは、傷はヴィー・デラウェアの屋台骨にまでは届かない。

 なにより、そのやり方では旦那が、ヴィー・デラウェアの脅迫に屈し、言いなりになって八百長に加担したという形になってしまう。それは如何様拙かろう。

 敵の瓦解どころか、味方に離反者が生まれかねない。敵に屈しながら寝首を掻くというのは、荒くれであろうと同義に悖る。いや、もっと端的にダセェと言っていい。

 そんなやり方では、敵はおろか味方にすら笑われちまう。ヴィー・デラウェアも、後継者を立てて対抗してくるに違いない。


「さて、実際どうなるんだろうなぁ……」


 俺はそうこぼしつつ、司会が去った闘技場でようやく始まった、まともな試合を見遣った。旦那の出番までは、まだまだミッフェルと話し合う時間はありそうだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る