第106話 竜の鱗

 ●○●


 「不本意です……」


 まず初めに、私は自分の内心を吐露する。なにもかもが不本意だった。

 人間たちを守る為に動いた事も、そのせいでショーンが危険に晒された事も、この手でバスガルを討つ機会を永遠に逸した事も、なにもかもままならない現状に憤ってしまう。


「本当に、腹立たしい」


 この憤りの一部は、ショーンにも向けられている。いつもいつも、無茶な事ばかり。自分を顧みるという事をせず、目標を達する為の最短ルートが、どれだけ危険であろうと躊躇しない。断崖の上でも、気にせず全力疾走するようなあの子の性格にも、苛立ちを覚えてしまう。


「【燃える腕フラムモーブラーッキウム】」


 そういった憤りの一切合切をぶつけるように、私は眼前の獅子頭のモンスターを見据える。そう、これはただの八つ当たりに他ならない。もっといえば、既に勝敗など明白な、弱者を嬲るような真似であり、本来私の好むものではない。

 だがそれでも、既にバスガルが存命でない以上、ぶつける先がこの者しかいないのだ。

 ぶわりと広がる炎の触手が、先程倒した白銀の鳥頭のズメウ――ドドにしたのと同じように襲い掛かる。だが――


「ほぅ……?」

「ガゥァアアア!!」


 片腕のズメウに向かって延ばされた炎の触手は、銅ズメウが翼を振り払っただけで、触れた端から掻き消される。なるほど……。


「どうやらあなたは、身体能力や知能のリソースを削る事で、竜鱗を持たせたズメウのようですね……」


 竜鱗というのは、竜種の中でも有する個体は稀な【魔法】である。その破格のスキルを持たせる為に、この銅竜人はそれ以外の能力を制限されているようだ。まぁ、だからこそ、消耗したショーンでもなんとか命を繋ぎ止められたのだろう。

 少なくとも、戦闘能力的にこの銅ズメウは、ドドよりも弱い。それは明らかだ。

 さもありなん。竜鱗は、頻繁に倒される事が予想されるモンスターに持たせるには、高価に過ぎる武器だ。このズメウが持たされている竜鱗の分、他のズメウは戦闘能力にリソースが割けるのだから、ドドがこの者よりも強いのは当たり前といえる。

 ショーンたちが戦ったギギというズメウもまた、竜鱗を有していたが、あれはまた別だろう。あのクラスのモンスターが、人間たちにそうそう倒せるとは思えない。あれは採算度外視で作られた、バスガルのダンジョンコアにとっても、切り札であるモンスターなのだろう。私も、ショーンの依代にはどこまでもDPを割きたくなるので、わからない話ではない。


「まぁ、だからなんだという話ですが――」


 炎の触手を推進力として、ズメウの懐へと入る。慌てて攻撃してくる銅竜人の拳を、盾で逸らしつつその裏から短剣を抜く。盾の影に隠れるようにして、ズメウの太ももにその切っ先を突き立てた。

――パギンと鋭い音が響いて短剣が折れてしまう。どうやら、私の作る刀剣は、それ程質が高くないようなので仕方がないだろう。

 柄だけになってしまった短剣を捨て、銅竜人を盾で殴り付ける。たたらを踏ませる事に成功したところで、さらに踏み込み拳を叩き付ける。鉄よりもはるかに硬いズメウの鱗が、バキバキと何枚か割れる感触が手に残る。

 いくら硬かろうが、ダンジョンコアの硬度に勝るわけがないのだ。


「ガルルァ!!」

「うるさい!!」


 なおも一歩下がる銅ズメウの土手っ腹に、回し蹴りを叩き込む。

 吹き飛んだ銅ズメウが、またも背後のバスガルの死骸に突っ込む。しかも今回は打ち所が悪く、右の翼が半ばから折れてしまった。二度と空を飛ぶ事はないだろう。


「竜鱗とは――」


 私は体勢を立て直そうとする銅ズメウに一歩近寄りつつ、口を開く。


「――結界術の理と生命力の理を複合させた、攻勢防壁。その原理は至って単純で、【魔術】を無効化するわけではなく、【魔術】が元となった現象や物質における魔力の痕跡に対し、極小規模の攻撃を加えるというもの」


 つまり、先程の現象も【燃える腕】がその結界に触れた瞬間から、その炎を遡るようにして魔力の痕跡を辿り、そこに攻撃を加えただけの事。結果は、炎は散らされてしまう。雷も幻も、同じようにして消失させられたのだろう。

 土の壁や氷柱のような確固たる物質であろうと、やはり魔力の痕跡に攻撃されれば、あっさりと崩れてしまう。建物の骨組みに直接攻撃されるようなものだ。

 理論上は、広範囲に施す幻術であろうとも打ち消せるのだが、普通はそんな事はしない。その理由は――


「【燃える腕フラムモーブラーッキウム】」


 私は同じ属性術で、再び銅ズメウに攻撃を仕掛ける。当然、すぐに打ち消される。だが、そんな事には頓着せず、私は矢継ぎ早に理を刻む。


「【燃える腕フラムモーブラーッキウム】」

「ガルルァ!?」


 まったく同じ【魔術】を繰り返し使われる。その事に、銅ズメウは虚を突かれたようだ。もっと高度な属性術を使う事も可能だが、この場合は【燃える腕】がベストな選択だ。


「グルゥルルゥ……」


 己の領域を侵略するようにして迫る、炎の触手を見詰めながら、絶望的な表情で銅ズメウは弱々しく唸った。


「竜鱗は高性能な防御手段ではありますが、その費用対効果はあまり良くありません。広範囲に施された【魔術】に対処できないのも、そんな事をすれば魔力の消費量はとんでもないものになるからです」


 もしもバスガルが【死を想えメメントモリ】を竜鱗で打ち消そうとすれば、これだけ広い空間に施した幻術だ。中規模ダンジョン程の保有DPであろうと、ほとんど吐き出さざるを得なかっただろう。

 小規模な【魔術】でなければ、打ち消せないうえ、その小規模な【魔術】ですら、乱発されればこうして手詰まりになってしまう。このまま攻めていれば、消費魔力量と生命力量が高すぎる竜鱗は、この獅子頭の魔力をすべて吐き出させるだろう。

 まして眼前のモンスターは、ダンジョンコアではない。


「使えるエネルギーの上限は低い……」


 炎の侵略に対し、縮こまる事しかできない銅ズメウ。打ち消される端から、【炎の腕】は何度も何度も押し寄せる。一の火を消す為に、一〇〇の水を用いているようなものだ。とてもではないが、追い付くわけがない。


「――ガルラァァァアアア!!」


 追い詰められた銅ズメウは、竜鱗を使うのを止めたようで、押し寄せた炎の中を突っ切るようにして、一気に襲い掛かってきた。とはいえ、相手は戦闘能力のリソースを竜鱗に注いだモンスター。

 私は吶喊してきたズメウを、盾で地面に叩き付けると足を上げる。


「個人的には、あなたたちの忠誠心には好ましいものがありました。さようなら」


 そう言って、鬣の奥にあるであろう首目掛けて足を振り下ろす。硬質な音と湿り気のある音、そしてなにかが転がるような音がしてから、銅ズメウは霧となって消えた。


……やはり弱い者いじめなど、八つ当たりでもするものではない。むしろ、いっそう気分が落ち込んだ……。



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