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「鉄血――あ、やべ」
今日のアタックは三十一階層だけなので、集合場所は三十階層に上がる階段の手前。
先に着いていたリゼが俺に気付くと、何やら訝しげな眼差しを向けてきた。
「……その腕、どうしたの?」
「しくじった」
左前腕を深々と裂く三本の爪痕。
止血は施したし動かす分にも全く問題無いが、すこぶる痛い。
痛いだけで他はノープロブレムだから、別に構わんけど。
「まさか『鉄血』を破るとは」
姦姦蛇螺め。前階層フロアボスの牛頸と比べれば総合的には劣るも、こと肉弾戦のキレに関しちゃ上を行ってた。
人間をビビらせる以外に何も考えてない雑な造形のくせ、かなり機敏だったし。魔石も一万円級と過去最大。
「無傷の過去と差し替えなさいよ。それとも、アンタが傷を負わずに勝てる可能性が見えなかったほど強い奴でも居たの?」
「差し替えは出来るが、しねぇ」
避ける選択肢もあったのに避けなかった。防御するにしたって正面から力任せに受け止めず、受け流していれば傷を負わずに済んだ。
つまり、こいつは『鉄血』の強度を過信した俺の慢心が招いた不覚傷。それを無かったことにするとか、あんまりにもカッコ悪い。
そもそも戦闘関連での負傷を差し替えること自体、気が進まない。
なんかこう……命のやり取りの痕跡を、治すなら兎も角、消しちまうのは……こう、筋が通らないだろ。
他人にまで同じ理屈を強いる気は無いし、分かってくれとも言わんが。
俺自身この気持ちを、うまく言葉に出来んし。
「ま、戒めだ。目に見える恥が残ってりゃ、同じ轍は踏まんだろ」
「そこら辺は好きにすればいいけど……手当てくらい、ちゃんとしなさいよ」
消毒液ならブチまけたぞ。
「傷口に呪毒こびり付いてるじゃない。聖水は?」
「せーすい? ああ、聖水。精神毒用の解毒剤に大仰な名前つけたもんだよな、ウケる」
呪毒。魂を侵す、神経毒ならぬ精神毒。
俺の『鉄血』で防げない種類の毒。防御を破られたのも、半分はその所為だろう。
道理で、やたら痛いワケだ。
「持ってねぇ」
「あ、そ」
呆れた溜息と共に俺の腕を取るリゼ。
そして――血が止まったばかりの切創に、真っ赤な舌を這わせた。
「ッッ」
何すんじゃい。
「……ん、消毒完了。次は買っときなさいよね」
成程。『消穢』を帯びた唾液で呪毒を消したのか。
確かに、絶えず腕の中で鋸引きされてたような感覚はピタリと収まった。
便利なもんだ。
尚、今回の結果は姦姦蛇螺四体を含む高ポイントのクリーチャーを仕留めた俺がギリギリ上回った。
あと一度の勝利すらもリゼに与えないなんてカッコいいこと言っといて、初回からコレとか先が思いやられる。
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