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 天然素材、或いはダンジョン産資源の精製品。

 スキル『消穢』が肌に悪影響及ぼす成分を余さず払ってしまうため、必然、高額なラインナップに偏る化粧品。


「んー」


 台上に所狭しと並ぶ小瓶だのケースだのの半分も合わせれば、優に七桁を回るだろうドレッサーの前に陣取り、不満顔で鏡を睨むリゼ。

 どうも今日は睫毛のノリがイマイチらしく、ビューラーを当てては唸ってを繰り返してる。


「いっそ俺がやるか?」

「アンタ私より上手いからイヤ。なんかムカつく」


 女心とは複雑怪奇。






 ああなると長い。

 リゼの化粧が終わるまで暇なため、コーヒーでも淹れようと席を立つ。


「そこのけそこのけ。月彦さんのお通りだ」


 居間、台所、風呂、トイレ、リゼの部屋、空き部屋、共用寝室、玄関。

 家内の全室と隣接した廊下には、此処に棲まう人ならざるモノ達の気配がこびり付いている。


 尤も連中、滅多に姿を見せやしないが。今も怯えたように息を潜めてるし。

 曲がりなりにも悪霊的なサムシングの分際で、人間相手に情けねぇ。


「ン」


 ふと足を止め、視線を流す。


 時折増える、間取り図に記されていない部屋の扉。

 こっちから引き摺り出さずに現れるのは久し振りだと思いつつ、なんとはなし踏み入ってみる。


 …………。


「あァ?」


 物置き代わりの空き部屋よりも殺風景な、がらんとした内装。

 異変に気付くまで、時間は掛からなかった。


「棺桶どこ行った?」


 ヒルダが創り、リゼが世界に定着させた、u-aのコピーアウト。

 そいつを収め、この部屋に安置していたガラス細工の棺が、どこにも見当たらない。

 那須殺生石異界に於ける一件の際、殆ど押し付けられる形で預かって以降、先住どもに管理一切を任せてあった筈だが。


 …………。


「ま、いいか」


 そんなことよりコーヒーが飲みたいんだ、俺は。

 シンギュラ……ホニャララを訪ねてからこっち、ゲイシャのカプチーノがマイブームなのだ。





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