793・Rize
頭ぐるぐるする。胃の中ほぼほぼ空っぽなのに吐きそう。
「な、ぜ?」
頚動脈の間近で止まった、黒い剣身。
眼球タトゥーを入れたみたいな気味の悪いオッドアイが、大きく見開かれる。
「お。戻った」
魔眼『ミスティルテイン』の視線を免れた月彦が、ボロ雑巾同然の身体を治し始める。
取り敢えず、ひと息。
「……アンタ。つむぎちゃんの身体を介して月彦のスキルを使ってるんですって?」
深い繋がりが云々とかの理屈は意味不明だけど、そこら辺は別段どうでもいい。
「しかも月彦の血を飲んで因子が混じった五十鈴のチカラも取り込み済み、と」
倍満ね。麻雀のルール知らないけど。
要するに、よ。
「それだけ強くアイツの影響があるなら──私を攻撃なんか、無理に決まってるでしょ」
先ず以て、リゼさんに手を上げる類の発想自体、脳味噌に存在しないような男だし。
「ふふん」
ちかちかと目に優しくない明滅が繰り返される剣の柄を、強く握り直す。
「ば、かな……わたしが……たったひとりの、せいしんに、しばられるなど……」
力めど力めど、どうしても刃を押し込めず、二歩三歩と退くリシュリウ・ラベル。
「っぐ、ぁ……!?」
次いで。右眼を押さえ、蹲った。
「……は、ぁ? まがん、が……きえる……? なん、で」
指の隙間から覗き見える瞳が、左眼と同じ青色に戻って行く。
「ナイスタイミング。ちゃんと蘇生したみたいね」
五十鈴の『黄泉比良坂』は、死んですぐの内なら己を此方側に引き戻せるとか。
身体の損傷までは治せないらしいけど、ヒルデガルドを向かわせたし大丈夫でしょ。
「詰めが甘々なのよ。仮にも
やたら重たい剣に空間歪曲を施し、えっちらおっちら振り上げる。
悍ましくも私の命を吸おうとしたから、柄と掌の境を歪め、干渉を遮った。
「さ。厄介な
私は月彦みたく奥の手や隠し玉の登場を待ったりしない。
まあ普通それが当たり前って言うか、私の旦那様が異常って言うか。
「……ふ、ふふっ……たとえ、そのけんで、わたしを、きろうと、むだですよ」
動揺、狼狽を押し隠すように、リシュリウ・ラベルが薄ら笑う。
「どんな、きずも。なにもかも、なかったことに──」
「ひとつ教えてあげる」
せめてもの冥土の土産、的な。
「『ベルダンディーの後押し』で固定した空間は、時間も固定されるの」
一秒経とうと百年経とうと、過去にならない。
つまり。
「『空間斬』は『ウルドの愛人』じゃあ差し替えられないのよね」
切っ尖を振り下ろす。
肉と骨を裂く手応えが、やけに軽く、指先を伝った。
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