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リゼが着ているスライムスーツは、三重皮膜とプレス加工により、理論値で成人男性の五十倍近い身体能力を発揮可能。
そのため過負荷対策として、通常時に於いてはリミッターが課されている。
「はぁっ……はぁっ……」
最大強度の断絶領域四枚に加え、ヨグ=ソトースを斃すため『次元斬』を撃った筈。
百階層に降り立つ直前と比較し、確実に五キロ以上落ちた体重。
多少の補給を行ったところで、疲労までもが劇的に回復することは無い。
──そんな状態でリミッターを外すとか、無茶しやがって。
「はぁっ……はーっ……ふっ……ふぅっ」
褪めた顔色で荒く呼吸を繰り返し、ゆっくりと息を落ち着かせるリゼ。
その左手には、今し方の『飛斬』に使っただろう
右手には、何故か大鎌の代わりに不抜の剣を、半ば水面に浸す形で握っていた。
「お前、それ」
「立て続けにフルの『呪胎告知』を重ねた所為で、流石に臨月呪母がイカレそうだったのよ」
かっぱらったのか。
前々から思ってたが、ヒルダに対する扱いが雑過ぎる。
さっきだって蚩尤に勝てたらスキル抑制剤を飲んでデートしてやるとか、あのクスリ効かねぇくせに。殆ど詐欺だぞ、タチ悪い。
「そんなことより」
水上を滑るように動き、リゼが俺の前に立つ。
「視てたし、聴いてたから、状況は分かってる」
空間歪曲に『ナスカの絵描き』を合わせた千里眼と、体内ナノマシンの聴覚リンク。
案の定、筒抜けか。やはり全て把握済みっぽい。
となると。
「交代よ。私がやる」
まあ、そうなっちまうよな。
「……あと三十秒ばかり、譲って貰うワケには──」
「泣く」
「オーケー落ち着け、ステイステイ」
謹んで従おう。
だから、泣くのだけは勘弁。
あらゆる穢れを払う『消穢』の恩恵を受けた、埃ひとつ被っていない身綺麗な背中。
疲労を湛えた重い足取りで、一歩ずつリシュリウへと近付いて行くリゼ。
「いいところで、しゃしゃりでてきて、うっとうしい。わざわざ、わたしが、あなたの、あいてをする、りゆうなど、ありませんが?」
「なんでアンタの都合に沿ってあげなきゃいけないのよ」
舌打ちに近い語調と併せ、
「……そのけんを、ぶきに、えらんだのは、けいがん、ですが」
リシュリウの左目のみ、ちらと不抜の剣へ向く。
「そんな、いまにも、たおれそうな、からだで。まともに、たたかえると?」
「るっさいわね」
至極尤もな指摘。
あれでは『次元斬』どころか
「めんどうな……しかし、よろしい。そうも、しを、のぞむなら、あたえましょうとも」
スキルによって水上に在る筈のリゼが、しかしリシュリウの視界に入れど沈まない。
邪視という性質上、魔眼は同時一ヶ所にしか効果を及ぼせないのだ。
俺とリゼとでは、俺の方こそ脅威だと断じている模様。
馬鹿め。
「さようなら」
頸を狙い澄ました横薙ぎ一閃。
疲弊が酷い今のリゼには、すり抜けることさえ至難の剣尖。
が──そもそも対応など、必要無かった。
「…………は?」
細い首筋を斬り裂く間際、ぴたりと静止した刃。
調子外れな声音と共に、疑問符を零すリシュリウ。
ああ。やはりか。
「言ったろ。詰みだってよ」
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