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 アラクネの粘糸で下肢を操り、靭帯が引き千切れるのも構わず、強引に身体を捻る。


〈そいや〉


 威力も剣速も損なわず、ぐにゃりと曲がる太刀筋。

 滅茶苦茶な軌道。にも拘らず、掠めただけで即ゲームオーバーな一撃。


 ──紙一重、躱す。


 耳元を過ぎる歪な二重螺旋。

 しかし、風を裂く音が聴こえない。


 剣身に触れたものは、大気すら滅されるのか。


「ハハッ」


 笑えるね。

 実にスリリングだ。


〈ひゃあ怖い顔。やめーや、夢に出るやろが〉


 柄だけとなった樹鉄刀を投げ捨てる。邪魔。

 どっか壊れたみたいで、女隷に仕込んだ魔石を押し当てても、刃が再構成出来ん。


 怒り狂った果心の悪鬼じみた形相が脳裏に浮かぶが、振り払う。


 余計な思考に時を割くのが惜しい。

 今は刹那でも長く全神経を注ぎ、戦っていたい。


「ハハハハハハハハッ!!」


 頭、指、拳、掌、肘、肩、膝、爪先、踵。

 前後左右上下表裏、あらゆる体勢から拳打蹴撃を織り混ぜ、攻めと避けを同時進行。


〈っち、素手の方が強いなジブン!〉


 各能力の強化倍率が気分次第で幾らか上下する『双血』。

 膂力も反応も、いつになく高まっている。ドーパミンの分泌量とか、かなりヤバい。


「ハハッハァ!」


 滴る雫が止まって見えるかのような攻防の応酬。

 神経以外は真っ当な人間の規格だろうに、よく捌く。


 恐らく『ガムボール』の恩恵。

 度を越して柔軟ゆえ、肉体への過負荷がゼロに等しい道理。


 加えて。


〈せぇい〉


 脳天目掛けて振り下ろされる、本来の長さより数倍も伸びた腕。

 避けたら避けたで直角に曲がり、此方を追尾する切っ尖。


 万事、この調子だ。

 純粋な戦闘技術こそ俺が優るも、奴さん、スキルの練度が異様に高い。


 手数を増やせば脱力の隙を削げると踏んだが、そいつも甘い見通しだった。

 全く身体を強張らせず、変幻自在に駆動を熟しやがる。


「ブリリアント! 最高だぜアンタ!」

〈ブリにアンコウ? なんや、鍋でも食べたいんか? ここ寒いもんなぁ〉


 何言ってんだコイツ。


 ……ともあれ、戦況は芳しからず。

 このまま行けば、勘任せで最善手を打たれ続け、やがては俺が劣勢を強いられる。


「緩やかな敗北、か。パッとしねぇエンディングだぜ、あァつまらん」


 仮に『深度・参』を使ったところで、劇的な優勢を得られるとは思えない。

 かの斬ヶ嶺鳳慈であれば、時間と空間の整合性を崩す超光速にも対応出来る筈。

 何故なら彼より劣るハガネが、実際に対応してみせたのだから。


 然らば、意味も無く血を削るだけ。

 樹鉄刀が使用不能、内在エネルギーを血管に取り込めない今、迂闊な大出力行使は、徒に我が身の首を絞めるだけ。

 自滅とか御免被る。花を賞するに慎みて離披に至る勿れ、とは言うものの、道半ばで朽ち果てるにしたって美学がある。

 俺の最期は、温め続けた辞世の句を叫びつつ爆死と決めているのだ。


「どーすっかな」


 …………。

 ただ、まあ。

 実のところを封じること自体は、至極簡単だったりする。


「シィッ!」

〈にゃおっ〉


 空を切る形で振り抜いた直後の白夜ヨルを弾き、バックステップ。

 併せて『豪血』を解き、動脈に奔る赤を、黒へと切り替えた。


「呪血──『深度・弐』──」





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