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女隷の長手袋を外し、動脈が黒く照らし出された腕を差し出す。特に理由は無い。
顔を顰めた鳳慈氏の五体が、ぎしりと軋んだ。
〈ぬ、ぐっ……さっきの、ヤツか……!〉
「そういや挨拶代わりで一瞬だけ使ったっけか」
俺に対する敵意や恐怖心を呪詛へ転じ、内側から捻じ切る『呪血』。
その性質上、此方側の意思で対象を選別するなどの細かい調整は適わぬけれど、基本的にリゼやヒルダ以外の面子と組むことの無い俺にとっては殆どデメリットたり得ぬ縛り。
何せリゼには全く効かないし、ヒルダはゴキブリよりしぶといからな。無問題。
〈あれこれ、やるなぁ、ジブン。けど、こないな小細工で、ウチを抑えられるとでも──〉
「思ってねェよ。すこーし鈍くなってくれりゃ、十分だ」
長手袋を嵌め直し、軟体を捻れさせたまま剣を構えた鳳慈氏に肉薄、掌底突きを放つ。
防がれるも、半歩ノックバック。更に五つ打撃を重ね、後方へと押し込む。
──『呪血』は発動中、身体能力が大きく低下する。
が、それは神経の信号伝達が錆び付くためであり、骨や筋肉に直接の異常は無い。
即ち、アラクネの粘糸で己を操れば、普段通り動ける。
自らをマリオネットと化せる俺ならではの裏技と言えよう。みんなもやればいいのに、便利なんだから。
〈成程。こん妙な技、使うとる間は、身体の強化、出来ひんのか〉
「ああ。大元が同じスキルなもんで」
〈知っとる。その血管が光るエフェクト、『双血』やな。昔の知り合いが持っとった〉
すぐ死んでもうたがな、と言葉が続く。
〈ウチは赤と青しか見たことあらへんけど、黒なんてのもあったんか〉
「増えたんだよ」
〈さよ、けっ!〉
連打の余白に差し挟まれた鳳慈氏の剣戟を、手刀で捌く。
目論見通り、捻れた五体では脱力が上手く行かず、威力が極端に落ちている。
尤も、それでも、少し受け損ねれば俺をバラバラに砕く程度の破壊力はあるんだが。
〈この出力、間違い無く深化させとるな。一分も保たんやろ〉
鋭いね、流石に。
ただでさえ『呪血』の血液摩耗速度は『豪血』『鉄血』の倍。
そして『深度・弐』は『深度・壱』の十倍。
樹鉄刀の内在エネルギーを取り込める状況なら兎も角、今は完全な空手。
ゴリゴリ血が削れるのを感じる。早くも気温以外の理由で指先が冷え始めた。
ざっくり計算する。
先程までの『豪血』の分と合わせて、フルスペックを保てるのが二十五秒。
失血死までは──四十七秒ってとこか。
「ハハッハァ」
悲しいかな。長く愉しみたい戦いを、しかし素早く終わらせねば詰みとは。
が、それはそれ。無理ゲー級な制限時間付きの方が燃えるタチなんだよ、月彦さん。
ちなみに増血薬を飲む選択肢は無い。何故なら圧縮鞄の中で凍ってるのだ。
今日は
まあ、ともあれ。
「四十五秒だ」
〈おん?〉
左右に開いたスカルマスクを閉じる。
「四十五秒で、アンタを斃す」
首を掻っ切る所作。
宣言を受けた鳳慈氏は、暫し目を丸めた後……凶暴に嗤った。
〈吠えるやないか。餓鬼が〉
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