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 セ氏マイナス二百五十度。常軌逸す低温。

 凍てて尚、強度ゆえ機能を保った眼球が、鳳慈氏の奇怪な挙動を捉える。


〈そぉいやっ〉


 文字通り腕を伸ばしての薙ぎ払い。

 蹴り上げるも、磁石が吸い寄せられるかの軌道で這い寄る追撃。


 そんな応酬を幾許か、繰り返した。


「るぅぅ」


 弾いても弾いても切っ尖を引き剥がせない。

 どころか受ける度、太刀筋が重さを増している。


 ──不味いな。


 五体を捻じる『呪血』の影響下に在りながら、段々とが精彩を取り戻しつつある。

 絶えず呪詛が体内で暴れてる筈なのに、合わせて動いてやがる。意味分からん。

 これも超常的な勘の為せる業か。インチキ甚だしい。


 まあ多分、やろうと思えば俺も出来るけど。


〈そぉら、もう十秒経ってまうで! ウチに大口叩いたんや、エエとこ見せてみぃ!〉

「ハハッハァ! 人生を焦るなよ! まだ慌てるような時間じゃねぇ!」


 とは言え、如何したものか。


 現状のまま鬩ぎ合いを続けたところで、活路を開く前に俺の血が尽きるのは自明の理。

 或いは再び鳳慈氏の脱力が完成し、防御不能の致命打を食らうのが先か。


 どちらにせよ、光明を見出すべく何かしら手を打たねばなるまい。

 差し当たり、向こうの動きを止めないことには──


「ン」


 閃いた。妙案。

 否。寧ろ常套手段。


「ハハッ」


 しくじれば十中八九死ぬが、いつものこと。その時は仕方無し。

 古いアニメの独裁者も言っていた。駄目で元々、人生はギャンブルだと。


〈てーりゃっ〉


 力の抜けた掛け声と共に迫る、打ち下ろせば地盤丸ごと貫くだろう刺突。

 鳩尾を狙った、その一撃を。流しも躱しもせず、無防備に受ける。


〈……は? なんやジブン、今更こんな──ッ、しまっ!?〉


 真円に穿たれた腹。

 技量の高さが災いしたな。もう少し下手だったら、俺の身に穴など穿てなかった。


 筋肉で締め上げ、剣身を絡め取る。


「つーか、まーえ、たァ」


 咄嗟、白夜ヨルを抜こうとする鳳慈氏だが、単純な膂力は俺が上。

 捕獲が面倒な輩は、この手に限る。


「力比べじゃアンタに勝ち目は無いだろ。なら今のうちだぜ?」

〈嫌やー! はーなーせー!〉


 じたばた暴れる鳳慈氏を掻き抱く。

 軟体を変形させ逃げようにも、捻じ固める『呪血』の所為で上手く行かない模様。


〈ちょ、こら、やらしいとこ触んなや! ウチに男と寝る趣味は無いわ!〉

「安心しろ。俺も無い」


 影の衣、常夜よるの物理的な耐久性は紙屑に等しい。

 黒光宿す指先で少し引っ掻けば、容易く霧散した。


〈みゃー!? おーかーさーれーるー! 助けてポリスメーン!〉

「おいやめろ」


 中身は兎も角、ガワは女。

 性犯罪絡みの裁判沙汰に持ち込まれたら、おれが断然不利でしょうが。


「中国拳法の神髄を御覧に入れよう。演舞動画の見様見真似な上、改造しまくって原形留めてないけどな」


 お世辞にも筋肉質とは呼び難い丹田に手を添える。


 強く押し込めば手首どころか肘まで埋まりそうな、極限の柔軟性。


 しかし──所詮は、氷だ。


「発破」


 所謂、フィクション色に寄った意味合いでの浸透勁。

 それに近い要領で以て、零距離から掌打を衝く。


〈──かふっ〉


 ぴしり、と。

 寒気を誘う甲高い音が、耳奥で鳴り渡った。





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