633
セ氏マイナス二百五十度。常軌逸す低温。
凍てて尚、強度ゆえ機能を保った眼球が、鳳慈氏の奇怪な挙動を捉える。
〈そぉいやっ〉
文字通り腕を伸ばしての薙ぎ払い。
蹴り上げるも、磁石が吸い寄せられるかの軌道で這い寄る追撃。
そんな応酬を幾許か、繰り返した。
「るぅぅ」
弾いても弾いても切っ尖を引き剥がせない。
どころか受ける度、太刀筋が重さを増している。
──不味いな。
五体を捻じる『呪血』の影響下に在りながら、段々と脱力が精彩を取り戻しつつある。
絶えず呪詛が体内で暴れてる筈なのに、合わせて動いてやがる。意味分からん。
これも超常的な勘の為せる業か。インチキ甚だしい。
まあ多分、やろうと思えば俺も出来るけど。
〈そぉら、もう十秒経ってまうで! ウチに大口叩いたんや、エエとこ見せてみぃ!〉
「ハハッハァ! 人生を焦るなよ! まだ慌てるような時間じゃねぇ!」
とは言え、如何したものか。
現状のまま鬩ぎ合いを続けたところで、活路を開く前に俺の血が尽きるのは自明の理。
或いは再び鳳慈氏の脱力が完成し、防御不能の致命打を食らうのが先か。
どちらにせよ、光明を見出すべく何かしら手を打たねばなるまい。
差し当たり、向こうの動きを止めないことには──
「ン」
閃いた。妙案。
否。寧ろ常套手段。
「ハハッ」
しくじれば十中八九死ぬが、いつものこと。その時は仕方無し。
古いアニメの独裁者も言っていた。駄目で元々、人生はギャンブルだと。
〈てーりゃっ〉
力の抜けた掛け声と共に迫る、打ち下ろせば地盤丸ごと貫くだろう刺突。
鳩尾を狙った、その一撃を。流しも躱しもせず、無防備に受ける。
〈……は? なんやジブン、今更こんな──ッ、しまっ!?〉
真円に穿たれた腹。
技量の高さが災いしたな。もう少し下手だったら、俺の身に穴など穿てなかった。
筋肉で締め上げ、剣身を絡め取る。
「つーか、まーえ、たァ」
咄嗟、
捕獲が面倒な輩は、この手に限る。
「力比べじゃアンタに勝ち目は無いだろ。取り替えるなら今のうちだぜ?」
〈嫌やー! はーなーせー!〉
じたばた暴れる鳳慈氏を掻き抱く。
軟体を変形させ逃げようにも、捻じ固める『呪血』の所為で上手く行かない模様。
〈ちょ、こら、やらしいとこ触んなや! ウチに男と寝る趣味は無いわ!〉
「安心しろ。俺も無い」
影の衣、
黒光宿す指先で少し引っ掻けば、容易く霧散した。
〈みゃー!? おーかーさーれーるー! 助けてポリスメーン!〉
「おいやめろ」
中身は兎も角、ガワは女。
性犯罪絡みの裁判沙汰に持ち込まれたら、
「中国拳法の神髄を御覧に入れよう。演舞動画の見様見真似な上、改造しまくって原形留めてないけどな」
お世辞にも筋肉質とは呼び難い丹田に手を添える。
強く押し込めば手首どころか肘まで埋まりそうな、極限の柔軟性。
しかし──所詮は、氷だ。
「発破」
所謂、フィクション色に寄った意味合いでの浸透勁。
それに近い要領で以て、零距離から掌打を衝く。
〈──かふっ〉
ぴしり、と。
寒気を誘う甲高い音が、耳奥で鳴り渡った。
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