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「二十二秒。存外、呆気ないもんだ」
腕輪型端末に浮かぶデジタル数字を見遣りつつ『呪血』を解き、次いで鳳慈氏を放す。
裸身に深々と亀裂を奔らせた彼は、二歩三歩、退いた。
「返すぜ」
腹の
傷口が凍ってやがるよ。ウケる。
〈……びりびりしとる〉
罅を撫ぜ、霧散した
棒立ちのまま、足元に転がる
正しく把握しているのだろう。己の有様を。
「些細な誤りが天秤を砕く」
勘任せの最善手連打。確かに脅威ではあるが、時には敢えて悪手を挟む俺みたいな人種に対する理解が足りなかったな。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。さては劣勢を愉しんだことねーだろ。そいつぁ人生を大きく損しちまってるぜ、センセー」
〈ちょっと何言うとるか分からん〉
最早、満足には戦えまい。
体内へと滞留させた衝撃。動くほど損傷を拡げる継続的な破壊。
そういう感じで叩いた。スリップダメージ効果付き、みたいな。
〈ウチの柔らかぼでーを再現したところで、結局は氷細工っちゅうワケか〉
この魔法。確か『使尸魄奴』だったか。
素晴らしいチカラだ。肉体、技術、装備、精神、悉くを完全トレースとは恐れ入る。
けれど──耐久性は、オリジナルに劣る模様。
「ゲームっぽく例えるなら体力ゲージが三割とか、そんな塩梅だな」
いつの間にか氷塊で築かれていた高台を仰ぐ。
脚を組んで腰掛けるフォーマルハウトと、視線が重なった。
「なあドラゴンクイーン! 治せるか!?」
〈……治セバ、妾ノ王ニナッテ下サルカ?〉
「よォし話は終わりだ!」
縦裂けの瞳孔に篭った粘着質な熱を振り払い、こめかみに指を突き立てる。
危ねぇ。また『
「てワケよ。回復イベントは無しで頼まァ」
〈貰ったれば? 美人やで〉
「間に合ってる」
くどいようだが重婚罪は懲役二年。
謎の棒を毎日ぐるぐる回す刑。
〈……ま、ええわ。ウチも言い訳する気あらへんし〉
肩をすくめた鳳慈氏が
細かな氷片が、吹雪へと混ざるように散った。
〈あと一発くらい、イケるやろ〉
両腕を垂れ下げた、猫背の体勢。
氷像の身を崩しながら、ゆらゆらと左右に揺れ始める。
〈まだ勝ち誇るには早いで、ジブン〉
間違い無くコンディションは劣悪にも拘らず、脱力の完成度は一等。
特級の危険を悟り、ひりつく背筋。
「ハハッハァ」
最高だよアンタ。
それでこそ俺のアイドル。
「いいねェ! 〆の大一番と洒落込もうぜ!」
震脚を打ち、その地伝いの波動で、少し離れた位置に転がる樹鉄刀を弾く。
寸分違わず飛んで来た柄を掴み、女隷の背を飾るカシマレイコの脊柱に埋めたヒルコを穿り出し──力の限り、突き立てた。
「どうなろうと知ったことか! 今だけで構わん、働けやナマクラがァッ!!」
多量の呪詛を注がれ、汚泥が如く溶け崩れる樹鉄刀。
暴れ狂い、俺へ咬み付く形で中途半端に五体を覆う。
「あーあーあー。ひっでぇわ」
不恰好。不完全。鎧と称するのは流石に無理ありまくりな不細工具合。
まあ半欠け、しかも破損状態で強引に形態変化させれば、こんなもんか。
「『呪縛式・理世』……とは呼べねぇよな」
拳を握る。ひとまず使えるは使えそうだ。
恐らく数秒後くらいに修復不可能なレベルでクラッシュすると思われるが、そんなもん、そうなった時に考えればいい。
「今は、兎に角、時間が、惜しい」
低く低く低く低く、殆ど四つ足も同然に構えた。
踏み締めた爪先が凍土に沈み、奇しくもスターティングブロックに近い形となる。
「ぅぅるるるるるるるる」
さあ──往こうか。
「豪血」
「鉄血」
「呪血」
「錬血」
「──『深度・参』──」
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