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 遠近すら定まらぬ、歪み狂った空間を跳ぶ。

 過去、現在、未来、全てが綯い交ぜとなった時間を押し通る。


「相っ変わらず、言語化の難しい光景だァな」


 数値化して表すことの出来ない、度が過ぎた身体能力による物理法則からの脱却。

 轍を外れ、独自のルールを形成し始めた、謂わば新たな宇宙の孵卵。


 今の俺を正しく認識出来るのは、均しき地平に立つモノだけ。

 最早、難度九のダンジョンボスだろうと、取るにも足らぬ塵芥。


〈──光速超えか。そんくらいはやれるやろ踏んどったわ〉


 胸が、躍った。


 声など届く筈が無い、姿など視える筈が無い速度に在って響き渡る、鳳慈氏の口舌。

 亡ぶ間際の氷像とは思えぬ気魄が、八方を灼く。


 道筋こそ、俺とは全く異なるだろう。

 けれど。境界線を踏み越えているのは、己の宇宙を擁するのは、向こうも同じか。


 嬉しいね。


「ハハッハァ」


 振るうに相応しい敵が居なければ、どんな強さも鼻をかんだチリ紙にさえ劣る。

 無敵など無意味。最強など空虚。天下無双など願い下げ。


 俺は。いつだって俺を凌ぐ強者をこそ、心から望む。


「鳳慈、鳳慈、鳳慈──斬ヶ嶺鳳慈ィッ!」

〈凡次郎や、水臭い! この正念場で源氏名呼びは寂しいわぁ!〉


 じゃあ、凡次郎。


「アンタは俺が思い描いた通り、いや思い描いた以上に最高の探索者シーカーだった!」


 旧式の体内ナノマシンが記録した、カクつきだらけの戦闘ログ。

 その一端を初めて目に留めた時、俺の世界は引っ繰り返った。


 いつ、どこでの話かは生憎覚えちゃいないが……感じた情動は、克明に刻まれている。


「アンタこそ、俺の原点ゼロ


 憧れた。ああなりたいと。

 夢想した。ああ在りたいと。


 泥の底を這い回る野犬に等しかった俺が追い求めた光こそ、アンタだ。


 …………。

 あと、アレだ。不勉強にも最初は男と知らなかったんだ。


 だから。


「初恋だったよ。こんなにも美しい闘争を織り上げる人が居るのかってな」

〈やめぇや悍ましい。ときめきそうになるやろ。なんやかんやウチ、女の方が長いんやで〉


 樹鉄刀が毀れ、苦悶めいた悲鳴を上げる。

 あと一撃しか保ちそうにないのは、こっちもか。


「参る」

〈来い〉


 交錯。発止。霹靂。

 引き絞った貫手と、斬り下ろされた二重螺旋の切っ尖が、点と点で衝突する。


 破れる空間。千切れ飛ぶ時間。

 只人の脳髄では到底理解しようが無い、悠久とも刹那ともつかない幽邃。


 ひとひらの雪が目尻に触れ、溶けて雫となり、頰を伝う。






〈────ちっ〉


 俺にとって、この世界で最も価値ある氷細工が。

 他ならぬ俺自身の手で、儚く砕け散った。





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