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指を鳴らす。それを合図に『ウルドの愛人』を発動させる。
正味フィンガースナップは必要無いんだが、つい手癖で。
元通りの平野へと戻り行く凍土。
ふつりと立ち消える、階層全域に充ちていた膨大なエネルギー。
併せ、氷雪に沈んでいた亡骸達が、息の根を取り戻す。
──否。連中は初めから死んでなどいなかった。
敢えて半端に差し替えたため、目醒めるまでには暫くの時を要するが。
〈短イ復権デアッタナ……ケレド、コレモ王ノタメ……〉
静かな溜息混じり、玉座へ着くフォーマルハウト。
氷尾と氷翼、雪鎧を失い、先程までとは比べようも無く失墜した威容。
周囲に転がる一線級の同業者達と互角以上に渡り合う程度の力は、未だ有するだろう。
しかし俺の食指を動かすには、だいぶ物足りない。パーティーサイズの袋の中身がポテチ数枚じゃ、どんなに味が良かろうともガッカリ感が先んじる。
悪いが、お前との雌雄は次の機会に持ち越しだ。
「これでいいのか?」
振り返り、俯き気味に佇んでいたフェリパ女史を仰ぎ見る。
心底申し訳なさそうに、深く深く低頭された。
「……ごめん、なさい。貴方が、闘争の爪痕を差し替えることを厭うていると知りつつ、このような頼み……」
「いいさ。俺の鉄火場ってワケじゃねぇ。それに十分過ぎる駄賃も貰ったしな」
ボロ屑と化した樹鉄刀の半分を義歯の圧縮鞄に収めつつ、
残り半分を『呪胎告知』の媒体に使ったリゼが空間を穿つ姿を尻目、腹の風穴が癒えて行く感触を確かめ、更に視線を流す。
〈脆いなー。ウチも
砕けた得物の残骸を見下ろし、黄昏る鳳慈氏……いや、凡次郎。
彼自身もまた、音を立てて崩れる最中だった。
フォーマルハウトの『使尸魄奴』は弱体化状態では使えない。
ダンジョンの活性を無かったことにしたならば、彼の存在も消え去る道理。
まあ、それを差し引いたところで、氷像の写し身は既に限界だろうけれど。
〈ウチの敗けや。人間相手に黒星は初やんな。ジブンを人間と呼んでええかは別として〉
失敬な。
……この結果を素直に喜べるかと問われれば、些かしこりが残る。
俺が降したのは、あくまで氷像に過ぎない。
もし彼が生前のままの斬ヶ嶺鳳慈であったなら……なんて考えたところで詮無い話か。
「賞賛は受け取るが、勝負はノーゲームにしとこうぜ」
楽しかった。本当に。
だが。厚顔にも欲を重ねるならば、生きてるアンタとこそ戦いたかった。
〈さよけ。ま、ジブンの好きにしたらええわ。勝者の特権や〉
凡次郎の右腕が肩口から割れ、落ちて砕ける。
もう、あまり猶予は残ってなさそうだ。
「……なあ。折角だし、会っておきたい奴とか居ねぇのか? 今なら世界を席巻するタクシーカンパニー『どこでもリゼ(株)』の回数券を一枚プレゼントするが」
「勝手に法人化しないでくれる? 嫌よ面倒臭い」
まあまあリゼちー、そう硬いこと仰らず。
「こないだ行きたがってた新宿のケーキバイキング、連れてってやるから」
本来は一ヶ月単位で予約が詰まってる人気店なれど、吉田に優待パス的なのを貰ったため飛び入りでも問題無し。
「しょうがないわね。一回だけよ」
よし商談成立。奥の手は常に懐へ忍ばせておくに限る。
で。
「どうなんだ」
〈へ? や、言うてウチ天涯孤独やし、そない相手──〉
一旦、言葉が堰き止まる。
〈…………あー。ひとつ聞きたいんやけど〉
幾らか悩む素振りの後。どこかバツ悪そうに、凡次郎は再び口を開いた。
〈万斉のアホは、まだ生きとるんか?〉
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