637・閑話35






 実に、唐突な出来事だった。


「ん? んん?」


 六趣會『地獄道』シンゲン。本名を鬼島万斉。

 散歩中だった彼の正面。虚空が罅割れ、甲高く爆ぜ、生じた洞。


「なんだこりゃ。俺様この歳で、また異世界転移でもさせられ──」


 その奥から滑り出るように現れた、歪な輪郭の人影。


〈──よぉ。少し老けたんやないか、万斉〉


 片腕を欠き、身体の随所に亀裂を奔らせ、肌は死人色に褪せた姿。

 けれど。紡ぐ声も、斜に構えた形貌も、まさしく。


「なっ……なな、ななななな……!?」

〈ひゃあ、漫画みたいな驚愕フェイスやな。画像に残せへんのが残念やわ〉


 全身で仰天を体現するシンゲンに対し、してやったりとばかり笑う斬ヶ嶺鳳慈。


〈取り敢えず、どっか座ろか。脚が今にも崩れそうなんよ〉






「ふーむ。成程そんなことが」

〈ウチまだ何も言うとらんで〉


 ちょうど公園を横切る最中だったシンゲン。

 手近なベンチに腰掛け、どちらともなく言葉を交わし始める二人。


「いや、どうせ説明されても分からんと思ってな。時間の効率化だ、がははは!」

〈……それに関しては全くの同感やわ。オマエに何か教えるくらいやったら、幼児を相手にした方が八百倍マシやでスットコドッコイ〉

「失礼な! 俺様これでも大卒だぞ!」

〈大卒(笑)やん。分数の割り算もおぼつかんアホの集まるFラン中のFラン校やろが〉

「お前だって同じとこ通ってただろ!」


 若かりし学生時代からの古馴染み。

 シンゲンにとっては、背中を預け合う六趣會の面々よりも更に付き合いの長い相手。


「つーか偏差値は俺様の方が上だった!」

〈目くそ鼻くそやわ! 第一ウチはどっかの誰かと違うて二留はせえへんかった!〉

「留年自体はしたろうが! しかも二年目は教授に土下座した挙句のオナサケだろが!」

〈ああん!? 何が悪いっちゅうねん! せやったら、オマエなんか──〉


 互いの黒歴史も網羅し尽くした仲。

 例えば、そう。


〈──女にフラれて自棄酒かっ食らった挙句、ウチで童貞捨てたくせに!〉

「ぎゃあああっ!? この野郎、それ言っちまったら戦争だろうが! 戦争だろうが!」

〈上等やボケ! ちゅーか思い出したら腹立ってきたわ! とりま百発殴らせーや!〉

「ごへっ!? こんの、やりやがったなテメェ!」


 両者の罵詈雑言をゴングに始まる、盛大な取っ組み合い。

 片や自壊寸前の氷像とは思えぬ激しさで以て暫しの間、不毛な争いが繰り広げられた。





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