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〈ギリギリ避けるつもりやったんに。間合い、見極め損ねたわ〉
互いの切っ尖が重なる距離、一足一刀の半歩外へと後退。
蜻蛉返りで次の攻撃に移るべく踏み込む寸前、番式の構え方を決めかね、押し留まる。
どーしましょ。
〈脚、長過ぎやろ。股下いくつやねん〉
「あァ? ……あー、確か九十八……いや、九十九だ」
今の
先月頃、服屋で測られた。基本、既製品じゃサイズが合わん。
そんなことより。
「アンタどうなってんだ、その身体」
〈黒酢を毎日十リットル飲み続けた成果や〉
粘土でも捏ねるみたく、輪郭を整えつつの台詞。
よもや黒酢に、斯様なトンデモ効果が。
〈まあ嘘やねんけど〉
だろうね。
そも十リットルとか致死量。
〈『ガムボール』。名前の通り、噛み過ぎたガムかっちゅうくらい柔こうなるスキルや〉
手首を薄っぺらく押し潰し、ひらひら棚引かせる鳳慈氏。
カートゥーンばりの面白ボディ。ウケる。
〈ほんの一ミリでも隙間があったら、どこやろうと通り抜けられる〉
成程。だから形も重さも無い影の衣、
蹴った感じ、相当な弾力も見て取れた。ガムと言うよりゴムに近い。或いは両方か。
あれでは打撃も斬撃もロクすっぽ通じるまい。俺の『鉄血』とは逆位置に立つ強靭さ。
単純な物理攻撃で致命打を与えるのは、そこそこ難しいだろう。
〈でな? こいつがな、ウチの主力スキルと滅茶苦茶に噛み合うんよ。ガムだけにな!〉
クソつまんねぇ。
しかし、主力スキル。
その響きには、大いに関心を唆られた。
「勿体ぶらず拝ませてくれよ。その主力とやら」
〈……ホンマは内緒やねんで? 謎の切り札っちゅうのんがカッコええんやから〉
だらりと鳳慈氏が猫背になる。
ゆらゆら左右に揺れ、剣を握る指先以外、完全な脱力状態。
やがて剣を振りかぶり──奇妙な律動で、圏内に踏み込まれた。
「!」
本能が訴える強烈な危険信号。
百分の一秒前まで受け止めるつもりだった一撃を、咄嗟に躱す。
〈お。ええ判断や〉
地へ触れる間際で止まる切っ尖。
それを視界の端に捉え、背骨に伝う悪寒と共に思う。
──もし振り抜いていたら、今頃この階層は存在していなかった、と。
〈ウチの剣は脱力するほど威力を増す〉
再び、だらりと猫背の姿勢。
〈加えて、その破壊の全ては
軟体を活かした不可解な挙動で以て、距離を詰められる。
「『刃軋』ッッ!」
武器の方を斬り伏せるべく、鋸刃を震わす。
〈熱烈なリクエスト通り、たっぷり馳走したるわ〉
衝突。衝撃。衝波。
〈ウチの『ふにゃふにゃ剣法』を、な〉
僅かな拮抗の後──樹鉄刀が、飴細工も同然に砕け散った。
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