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 そこはかとない不安はあったが、案の定だ。


「一分間一本勝負! 武器、スキル使用あり! て言うか何でもあり! 此方の紳士をダウンさせれば賞金五百万円! 挑戦料は一律十万円となりまーす!」


 探索者支援協会端島支部三階東館、トレーニングルーム。

 大雨と強風で海が荒れているため、軍艦島行きのフェリーが明日まで運航見合わせ状態となり、暇を持て余していた探索者シーカー達が手慰みに汗を流すそこへと、鈴を鳴らすような女声が響く。


 ちなみにリゼではない。学校帰りなのか、制服に身を包んだ見知らぬ女子高生だ。

 そもそもリゼが大声を出すなど『呪胎告知』発動の瞬間以外に聞いたことが無いし、朗らかに喋る光景に至っては見たことも無ければ想像すら出来ない。


「あの子、どこから攫って来た。元いた場所に返せ」

「人聞きの悪いこと言わないで。客一人につき一割リベートを出す契約で雇ったのよ」


 つまり一人引き込みに成功すれば一万円か。凄まじくボロい話だ、そりゃ身も入る。

 じゃなくて。


「なんで商売になってんだ」

「新しい装備を揃えるのに要るでしょ、お金」


 要るけども。軽く一千万円くらい要るけども。


「……まあいい。見たところ集まりも悪くない。これなら『鉄血』の鍛錬になるだろ」

「あら素直。お金嫌いが珍しい」


 意外そうに目を丸めるリゼ。

 何か誤解があるようだな。


「文明社会に於ける金銭の重要性と利便性は理解してるつもりだぜ。俺が嫌いなのは不要な大金と惰性の貯金。具体的な目的も無く、金を得るためだけに金を稼ぐ本末転倒な行為だ。馬鹿馬鹿し過ぎて笑い話にもならん」


 この世では大抵の場合、金がものを言うって事実くらい弁えてる。

 実際、金の恩恵でスロットを手に入れられたワケだし。

 必要な時に必要な分だけ求めることに、否は無い。


「……ねえ。なんでそんなに金を持ちたがらないの?」


 決まってる。


「俺が五歳でスロット無しを宣告され、ついこの間、藁にも縋る思いで買い続けた宝くじで一億当ててスロットを手に入れるまでの十数年、何千何万何億回『金さえあれば』と思ったか知ってるか?」

「知らない。何回?」


 その返しは予想外。

 具体的な数を聞き返されると困る。


「あー、えぇ……兎に角! うんざりなんだよ、まず最初に金が来るような考え方は! だから、せめて俺の残りの人生くらいからは可能な限り排除するって決めたんだ、あんなオッサンのブロマイド! そうさ単なるガキみてーな八つ当たりさ、笑わば笑え!」

「ねぇ何回?」


 やかましいわ。いつもみてーにガムでも噛んでろ。


「――始めるぞ! 嬢ちゃん、客を並べてくれ!」

「はーい!」

「ねぇねぇ何回?」


 しつけぇ。





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