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「リゼ。俺を殴れ」


 生憎の大雨で外に出る気が起きなかった昼下がり。

 仰向けでラッコみたく胡桃の殻を叩いて割ろうとしていたリゼに、ふと思い浮かんだアイディアを告げたところ、哀れむような目を向けられた。


「え、何? マゾに目覚めたの? 馬鹿なこと言い出すくらい暇なら、これ割って」

「ちげーわ。貸せ」


 無精しやがって。ナッツクラッカー使え。

 俺は指先で割れるけど。ほら割れた。てか砕けた。

 そして言葉が足りてなかった。今のは勘違いされても仕方ない。


「……二日前『鉄血』が破られたのは、何気にショックだったんだ」

「ねぇ。胡桃、粉々なんですけど」

「悪かったが聞け。後で新しいの勝ってやるから」


 協会登録一年未満の探索者シーカーは半額で買える三級ローランク回復薬ポーションで一晩寝たら癒えたものの、見事に痕が残った左腕。元々傷痕だらけだけれども。

 思い返すのは、鋼鉄も同然の肌身に爪が食い込み、肉を引き裂かれる感触。


を上げてりゃ、あんな爪……フン。言い訳だな」


 単純な身体能力の時点ですら人間を上回る種が過半数を占めることに加え、探索者おれたちにとってのスキル――魔法と総称される異能まで扱い始める、二十階層以降のクリーチャー。

 現状『ウルドの愛人』を戦闘に於いて使う気の無い俺が、そんな連中と渡り合う唯一の手札である『双血』。

 その片割れたる『鉄血』の防御が抜かれたとあっては、流石に心中穏やかとは行かん。


「実を言えば、元々『豪血』に比べて『鉄血』が伸び悩んでるとは感じてた」

「伸び……悩、む……?」


 すっげえ首傾げられた。

 俺そんな難しいこと言ったか?


「『双血』の強化は掛け算。俺自身の能力が増せば、上がり幅も劇的に跳ねる」


 しかし、だ。


「『豪血』は、いい。使うほど身体に喝が入る。普通の筋トレより何倍も、全身を満遍なく鍛えられる」


 問題は『鉄血』。


「骨肉の強度を上げるのは長丁場だ。膨大な栄養を少しずつ取り込んで稼がにゃならん」

「すやぁ」

「真面目な話の途中だ、寝るな」


 付け加えるなら、そんなもんとっくの昔から実践中。

 骨密度も筋繊維密度も、普通の方法を採ったところで今更大きな変化は望めない。


「そこで考えた。俺の『鉄血』で硬化した身体は金気を得て性質が金属に寄る。だったら鉄と同様に、叩けば叩くだけ強くなるんじゃないかとな」

「一理あるわね」


 聞いてはいたのか。


「でもアンタを殴ったところで私が痛い思いするだけよ。お世辞にも力自慢じゃないし」

「言われてみりゃ、そうか」


 中々の良案と思ったんだが。

 何か解決策は無いものか。


 そんな風に、腕組みしながら悩んでいると。


「……お困りなら、ひと肌脱いであげましょうか?」


 粉々の胡桃を舐めとったリゼが、不敵に微笑んだ。


「私に、いい考えがあるわ」





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