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「これが電話で言ってた持ち込み素材だね」

「ああ」


 作業台に置いた槍を矯めつ眇めつ観察し、指先で撫でたり弾いたりする果心。

 素材を目にした途端、真剣な表情と鋭い眼差しに変わったのは、職人の性というやつだろう。


「オテサーネクの芯材と、メタルコンダクターの蒐鉄しゅうてつか」

「見て触っただけで分かるのかよ。流石だな」

「一流を志すなら、このくらい当たり前さ。しかし面白いね。どちらも良質な材料だし、何より日本じゃ滅多に拝めないレア物だ。唆るよ、イメージ湧いてきた」


 突き動かされるように果心は笹葉型の穂を柄から取り外し、次いで赤々と燃え盛る炉を見遣った。


「言うまでもなく拙は剣工。産む子も当然、剣に限る。その上でキミの要望は?」

「頑丈に。打撃と斬撃を使い分けられるよう片刃がいい。細かい部分はプロに任せる」

「好みの注文だ」


 ヤットコで掴んだ穂が、軽く水で洗われる。


「ああ。聞くの忘れてたけど、予算は?」

「九百万。今、手元にある」

「出して」


 圧縮鞄に放り込んであった札束を残らず引っ張り出す。

 軍艦島遠征の諸々で得た金から、防具を揃えるため注ぎ込んだ分を差し引いた全額。


 何せ八尺様の討伐依頼達成料と、元々のダンジョンボス討伐に於ける特別手当だけでも、リゼと折半して尚、八桁だったからな。

 これで当面、大金を見ずに済むと思うと清々する。

 なんか、あと百万くらいあった気もするが、いつの間にか失くした。


「全部貰おう。額に見合うだけの子は産むと約束するよ」


 言うが早いか、果心は札束を掴み取り――ひとつだけ残し、あとは何の躊躇も無く、炉に放り込んだ。


「おー」

「紙幣を燃やすと火に良い色が入るんだ。あぁ、これは爺さんに渡しておいて。拙にも生活がある」


 八百万円分の紙束を加えた火は、確かに先程より鮮やかな気がした。

 お世辞にも第一印象はよろしくなかったけれど、この職人のことが少し好きになってきた。






「五日で仕上げるよ。水曜の夕方に、また来てくれ」


 既に視線は炉に釘付けだった果心の告げる納期に頷き、祖父殿に金を渡し、駄菓子屋を後にして暫く。

 陽が傾き始めた函館の街を歩く最中、ふと俺は気付いた。


「そう言えば、持ち金ほぼ全部渡しちまった」


 財布など持っていないため、ポケットに直接突っ込んだ残金を確認する。

 今夜の宿代飯代くらいはあるが……五日分の滞在費及び帰りの交通費には、とても足りない。


 となると、だ。


「しょーがねーよなぁ」


 武器が仕上がるのは五日後。新しい防具が届くのは来週。

 水銀刀を除いた装備一式は残ってるも、八尺様との戦いでボロボロ。


 それでも、だ。


「いやー。金が無いならしょーがねーよなぁ」


 無ければ稼がねばならないのが文明社会。

 稼ぐためダンジョンで身を張るのが探索者シーカー


 そして御誂え向き、最寄りの支援協会支部は同市内ときた。

 こいつはもう、行きなさいとカミサマが御啓示下さってるに相違ない。






「――そーいう経緯なんだよ、お嬢ちゃん。悪いが案内、頼めねーかな」


 男に話しかけたら大抵カツアゲと勘違いされるため、学校帰りと思しき女子小学生に案内依頼を持ちかけたところ、対価にコンビニのチキンとシュークリームを要求された。

 函館の女ってのは、どいつもこいつもしっかりしてやがる。





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