125
短い通路奥、鍛冶場と化学実験室を足したような制作室。
そこで俺を待ち受けていたのは、ボサボサの髪を適当に引っ詰め、一週間も寝ていないような濃い隈が刻まれた目を血走らせた、二十代後半から三十代前半くらいの男……いや女?
まあ別にどっちだって構やしないが。
問題は、コイツがホラー映画の怪物も尻尾巻いて逃げ出すレベルの形相で俺を睨んでることだ。
「……拙の名刺だ」
「あぁ、こりゃ丁寧にどーも」
皮肉っぽく返しつつ名刺を受け取ると、やたらカラフルな紙に『ソードクリエイター果心』などという文面。
仕事場の内装も俺が思い描く剣工のそれとは随分異なるし、やはり相当変人らしい。
「そんじゃ早速注文を――」
「許すまじ」
長居すると面倒っぽいので可及的速やかに話を進めたかったが、そうは問屋が卸さんみたいだ。
「許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ」
分厚い天板の作業台に爪を立て、ひたすら同じ単語を繰り返す果心氏……果心女史?
……まさかとは思うがコイツ、水銀刀を壊した恨み節でも飛ばすために俺を呼び付けたのか。
思い返せば電話口で事情を話したあたりから、やたら食い付いてきた気がするし。
「拙の幽玄を! よくも! よくもよくも、よくも!」
「おいおい落ち着けって……ゆーげん?」
「キミが殺した子の銘だぁ!!」
知るかよ。販売カタログには水銀刀としか記載が無かったぞ。
「亡骸の画像は見たぞ! なんだ、あの有様は!? 幽玄は三人産んだ水銀刀の中でも傑作だった! 流動化による衝撃吸収、形状記憶を利用した運動エネルギー反射! 単純な強度に頼らない、柔を窮めた不壊の剣を――それを、どうやってあんな風に殺した!?」
鬼の剣幕で聞かれたため、八尺様との戦いを思い出す。
……ふむ。
「普通に使ってたら壊れた」
「普通に使って死ぬもんか!!」
物を投げるな。金槌とか空瓶とか、危ねーだろ。
「あぁああああぁぁ、ごめんよ幽玄! 完璧な形で世に出してあげられなかった! 未熟で蒙昧な拙を許してくれ、許してくれぇ!」
どうしよう。帰りたくなってきた。
咽び泣き、作業台に頭を打ち付け始める果心氏……果心女史? 面倒だ、もういいや果心で。
完全にヒステリー起こしてる。処置無しだな。
よし。暫くほっとこう。
「…………正直、キミを殺してやりたいよ」
上に戻って駄菓子を摘んでたら、ふらふらと覚束ない足取りで現れる果心。
再起動から開口一番、物騒な悪態を吐くなや。
「でもね、でも、それ以上に自分が許せない。不壊の剣だなんて謳っておいて、これじゃ詐欺だ。キミも、さぞ落胆したろう」
別に額面通りの意味で受け取っちゃいなかったよ。単純に頑丈ってくらいの感覚だった。
形あるものが壊れるのは世の常だしな。
「そういう意味じゃ、拙を訪ねてくれたことに、挽回の機会を与えてくれたことに、感謝してる」
果心は深く息を吸って、目尻にこびり付いた涙を袖口で拭う。
「……つまり仕事を請けて貰えるのか?」
「勿論だとも、此方から願い出たいくらいだ。このまま終わったら、死んだ幽玄に合わせる顔が無い」
来てくれ、と再び仕事場まで下りるよう促される。
手ぶらで帰る羽目にならず済んだのは良かったが……本題にも入らないうちから、どっと疲れたわ。
こいつ苦手。
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