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 探索者支援協会函館支部が管轄するダンジョンの名は『函館迷宮』。全四十階層、難度五。

 甲府迷宮もそうだが、地形や出現クリーチャーに取り立てて特徴が無い場合、安直な名付けをされる傾向が強い。


 と言うか日本のダンジョンの過半数は『〜迷宮』だ。

 更科迷宮とか、宇部迷宮とか。






 受付窓口でダンジョンアタックの申請を済ませ、装備に着替えるべく更衣室へ。


 ……しかし。もう使う機会もあるまいと捨て置いていたが、改めて見れば酷いザマだ。


 リゼの『消穢』で血や汚れこそ落ちたものの、全体的にズタボロ。

 インナーシャツとジーンズは生地のあちこちが裂けたり穴が空いていたり。ブーツに至っては辛うじて原形を留めるばかりの惨状。


 これをこのまま着るくらいなら、今の服に攻防力付与オイルを染み込ませた方が、外見的に幾らかマシだろう。


「チッ……仕方ねぇ」


 過去を差し替えるには時間が経ち過ぎてる。たかだか服一枚に高い対価を払うのも馬鹿らしい。


 場所柄か、幸いにも補修用の簡単な道具なら備え付けてあった。

 完全に元通りとは行かんが、出来る範囲内で直すとしよう。






「よし。こんなもんだろ」


 指先を細かく使う芸は割と得意だ。中高時代は破った制服とか自分で始末つけてたし。

 二十分ばかりの末、一応の体裁が整ったオンボロ達に袖を通し、軽く手足を動かしながら姿見で具合を確かめる。


「デザインは……今回限りの急拵えと考えれば、まあ及第点か」


 インナーシャツとジーンズは、端材と糸で繕った。

 必然、色の異なる部分が出てしまうも、そこは上手く柄とか模様っぽく誤魔化した。


「問題は靴だよな」


 ブーツは流石に端材だけでは厳しかったため、シャフトを切り詰め、補修材に。

 これでどうにか、走り回る程度の運動には耐えられると思う。

 ちょい跳ねてみよ。


「よし。差し当たり大丈夫そうだ」


 軍艦島での傷が癒えて以降、益々強化された身体能力。

 素の状態でも二メートル近い垂直跳び。世界記録狙えるぜ。

 公平性に欠くとかで、身体能力を強化するスキル持ちは運動競技の公式大会に出られないが。


「あ、あのー」


 ワンツー、ステップ、サマーソルト。

 大型武器を扱う探索者シーカーも多いため、広々とスペースを区切られた更衣室で、装備の状態確認及び俺自身の暖機を済ませる。


「あの! すみません!」


 そして、いざダンジョン、と内心で気炎を上げた瞬間。横合いから俺を呼び止める声。


「あァ?」


 向き直れば、アタック帰りと思しき数人の探索者シーカー


 草臥れが目立つ装いの質を見た感じ、活動地点は十番台階層前半あたり。

 俺より少し下っぽい年頃から窺うに、最近ビギナーを卒業したばかりの連中だろう。


 声の主は、その中のリーダー格と思しき男。こういうのは立ち位置で大体分かる。


 そいつは修繕した俺の装束を暫し眺めた後、続けて深く頭を下げ、こう頼んで来た。


「不躾で申し訳ないんですけど……礼はします。俺達の装備も縫って貰えませんか?」

「……あァ?」





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