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 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 微睡む意識の中、ぬるい水が喉を伝う感覚に目覚めを誘われる。


 緩々と覚醒し、最初に拝んだものは、間近で俺を見下ろす赤い瞳。


「中々、死なねぇもんだな」


 なんとはなし呟いた後、死神も同然の女と視線を重ねて生を実感したことが可笑しくなり、仄笑う。


「ククッ。人間に不可能は無いってか」

「アンタを人間にカウントすべきか、かなり悩ましいところね」


 言ってくれるぜ。


 ……にしてもアレだ。疲労困憊状態で『錬血』しかも『深度・弐』とか、死ぬ確率の方が高かったろうに。

 俺ってばマジ鬼の生命力、しぶとさゴキブリ級。こいつはインド人もビックリですよ奥さん。


 そんな軽口を飛ばすと、リゼに頬を抓られた。

 何しやがる。


「このバカ。どんどん乾涸びてくアンタに私が取り憑いて水を飲まなかったら、今頃ミイラになってたわよ」


 ほう。そいつは手間をかけさせた。

 道理で妙に肌が潤ってるワケだ。






「ふうぅぅぅ」


 四体へと血が充ち、五感の精細こそ蘇ったものの、未だ十全には程遠い身体。

 樹鉄刀を杖代わりとし、体力スタミナ回復薬ポーションを呷りながら立ち上がる。


「ヒルダは……」


 依然、か。

 硬過ぎて樹鉄刀の刃もロクすっぽ貫通とおらんミノタウロスに、着実なダメージを与えてる。


 ……とは言え、十や二十の手傷を負わせたところで焼け石に水。

 今も少しずつ傷口の腐敗を広げ、奴の力を削いでいる『処除懐帯』で漸く有効打。

 要塞ひとつ丸ごと圧し固めたみたいな、およそ馬鹿げた防御力。生半可な攻撃をチマチマチマチマ何千何万重ねたところで望み薄。チリも積もればの精神で致命傷へと至らしめる前に、こっちがガス欠を起こすのが関の山。


 勿体無いにも程がある、興醒め甚だしい幕引き。

 そうなるより先、一石を投じねばなるまい。


 つっても。


「あそこに割って入ったところでなァ」


 俺とヒルダの連携は、正直かなり御粗末だ。

 部分部分のフォローは兎も角、戦闘全体で見れば、てんで息が合ってない。


 早足にダンジョン攻略を進めた弊害。まともに手を取り合う機会に恵まれなかった。

 ついでに道中でクリーチャーと出くわす度、互いに俺の獲物だ僕の獲物だと譲らず、半ば奪い合い状態だったのも原因か。


「今なら『呪血』で倒せるんじゃないの?」


 ミノタウロスの顔面目掛けて斬撃を飛ばし、動きを鈍らせたリゼが言う。

 お前ホント援護上手いな。今のだけでも割と神業だぞ。


「否。今だからこそ使うだけ血の無駄だ」


 アレは俺に向けられたヘイトを媒介とする呪詛。

 しかし今、ミノタウロスの意識は大半がヒルダに注がれている。

 そもそも『呪血』は多対一とか混戦乱戦に向かねーんだよ。


「ふいー」


 うーむ、飽きた。どーだこーだと考えるの飽きた。


 切り替えよう。兎にも角にも、まず腕だ。

 これを治さんことには、ヒルダに時間を稼がせてる意味が無い。


「リゼ。俺の左腕を寄越せ」





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