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〈跪ケ、冷タキモノ。目醒メヨ、新月ノ白蛆〉


 鋭利な指先を虚空へ走らせたフォーマルハウトを中心に、曼荼羅図の如し幾何学模様が展開する。


〈凍レ凍レ凍レ凍レ凍レ凍レ凍レ凍レ〉


 寒風が吹き荒び、水と氷を蒐め、やがて人の形を成して行く。


「ッ……!?」


 息を呑んだ。


 デッサン人形じみた大雑把な氷像。それを削り、或いは肉付ける細雪。

 少しずつ表れ始めた特徴が、俺の脳髄に焼き付いた相手と、あまりにも似てたから。


〈……ソコラノ有象無象ナレバ指ヲ鳴ラスヨリ容易イガ……流石ニ手間ノ掛カル……〉


 痣とも火傷ともつかぬ痕が残る額を晒したオールバック。

 回復薬ポーションなど存在しなかった時代から死線を潜り続けた証明として、全身に刻まれた無数の古傷。


 顔立ちは中性的で、案外と小柄。

 されど漂う覇気が、その体躯を何倍にも大きく錯覚させる。


〈モノノツイデダ。爪牙ト鱗モ、クレテヤロウ〉


 影を織ったかのように朧な外套。

 双つの白刃が二重螺旋を描いた歪な剣。


 既に喪われた筈の、を象徴する装備。


「『常夜よる』と『白夜ヨル』……」


 腑の底より押し寄せる、吐き気にも似た期待感。

 身体が震え、総毛立つ。握り締めた樹鉄刀の柄が、ぎりぎりと軋んだ。


「は、ははっ」


 吊り上がる口角、殆ど無意識に取った臨戦態勢。

 さながら遊園地を前にした幼子のように、今か今か今か今かと、時を待つ。


〈……………………ん〉


 悠久にも等しい十数秒の果て。が瞼を開く。

 二度三度、静かに瞬きを繰り返した後……此方を、向いた。


 そして。


〈なにメンチ切ってんねやジブン。ケンカ売っとるんか〉


 首を掻っ切る所作と併せて、中指を立てられた。





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