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「んー、僕二枚チェンジ。あとレイズ、板チョコ十枚」
「ハハッハァ、強気だなヒルダ。受けて立とう、コールするぜ」
シキ組の結成に伴う形で得た、思いがけぬ利点。
盛り上がるのだ。休憩中のトランプが。
こればかりはリゼと二人きりじゃ、どうしてもな。
「あー!? 今ショーコ、カード入れ替えたでしょ!? ファミチキだファミチキ!」
それを言うならインチキ。
また翻訳機の誤訳か。いい加減、日本語覚えろ。
「病理に毒され霞んだ瞳……エアを経たりし雫にて真贋を洗うがいい」
なんて?
こっちもこっちで言語が独創的過ぎる。
「見間違いじゃなーい! ドレスの裾に隠してた!」
え。ちゃんヒル、五十鈴が何言ってるか分かんの?
すっげ。
「はいロイヤルストレートフラッシュ。私の勝ち」
傍らに板チョコを積み上げたリゼが手札を晒す。
イカサマ無しで五戦中三回ロイヤルとか、そんな話あるのかよ常考。
ダンジョン全体が不安定な状態とは言え、フロアボスの領域たる八十階層に踏み入るクリーチャーなど、そうそう居ない。
故、寛ぐに良都合として圧縮鞄から休憩セットを引っ張り出し、野営中。
「すやぁ」
「むぅ……いや姉さん、それ振り込め詐欺ぃ……」
クッションに四肢を絡めて眠る五十鈴。雲のように宙を漂い、譫言を垂れ流すヒルダ。
最初はベッドの上だったのに。どんな寝相だ。
「アンタは横にならないの?」
ソファに凭れ、適当な映画を観ていたところ、そんな問いが向けられる。
視線を落とせば、人の膝を枕代わり、下着姿で寝転がるリゼの赤い瞳。
いくら空間歪曲で装備一式のクイックチェンジが可能とは言え、流石に無防備過ぎる。
「三日四日じゃ、不眠不休のうちにも入らねぇよ」
知ってるだろうに。
……それと、だ。
「少し考えたくてな」
「『餓鬼道』が言ってたコト?」
お。鋭いね。
その通りだとも。
「別段てめぇの出自なんぞ、どうだっていいんだが」
元より親の顔も名も忘れた身。
そもそも家族云々を尊ぶ心すら、俺には無い。
……ただ。思い起こせば、確かに感じていたのだ。
改めて振り返り、そこで初めて気付けたほどの、朧火に等しい情動だったけれど。
あの女──リシュリウ・ラベルと顔を合わせた時、俺の心には細波が立っていた。
色褪せた懐かしさ、乾涸びた郷愁、とでも呼ぶべきものが。
「ま、アンタ絶対に海外の血が混じってるとは踏んでたけど」
「あァ?」
なにゆえ。
「褐色の肌は兎も角、灰色の髪も目も、あと骨格なんかも、明らか日本人離れしてるし」
成程。正面きって指摘される機会は今まで無かったが、言われてみれば一理ある。
そういう視点は持ち合わせてなかったな。あんま周りに興味無い所為か。
「てか気になるなら、今度本人に会った時に聞けばいいでしょ」
「まさしく以て、その通り」
尤も。
「そん時まで関心が残ってて……そん時まで、生きてりゃな」
肩を揺らし、噛み潰すように笑う。
すると何が気に入らないのか、リゼに脇腹を小突かれる。
──猛り狂う雄叫びが天地を揺さぶったのは、その直後だった。
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