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 七十七階層。リゼが全域を斬り刻み、鏖殺。

 七十八階層。ヒルダが核融合を再現し、蒸発。

 七十九階層。五十鈴がアーティスティックな射撃を披露し、絶滅。


 で──現在地、八十階層。


「『鞘式・優曇華』」


 光刃一閃。

 大蛇に似たフロアボス、その八つの首全てを三枚におろす。


 はい突破。






 階層の中心で、震脚を放つ。


 刃物という概念そのものを植え付けられた樹鉄刀と魂魄単位での融合を果たした俺の拳打蹴撃は、意思に応じて斬れ味を帯びる。


 全方位を奔る十六本の斬撃。

 延長線上に建つ鳥居を余さず巻き込み、断ち伏せ、延いては階層丸ごと裂き抉る。


「お。これ何気にカッコ良くね? 技名を考えとくべきだったぜ」


 ボスが座すステージは、直径数百メートル程度の規模に対し、エネルギー密度が高い。

 つまりその分、再生に伴う消費が激しい。カタストロフを鎮めるには好都合てワケよ。


「こらーツキヒコー! 危うく僕まで真っ二つになるとこだぞー!」


 紙一重『空想イマジナリー力学ストレングス』で上に逃げたヒルダが、キャンキャン喚き散らす。

 いいだろ別に。ちゃんと躱したんだから。






「しっかし、歯応えのねぇ」


 灰とも塵ともつかぬ芥へ還り、風に流れて行く大蛇の骸を一瞥する。

 雑魚め。難度九ダンジョンボスに準ずる危険度が聞いて呆れるぜ。


 尤も最早その難度九さえ、スキルを持ち出せば相手にもならんが。

 ノーマルで挑めば、少しは楽しめるんだけどな。


「段々と無用の長物になり始めてやがる」


 使うほど積み重なる過負荷の反動で基礎値が鍛えられて行くスキル『双血』。

 こいつの恩恵を受け続けたフィジカルもタフネスも、概ね上限に達しつつある。


 樹鉄刀との融合も合わさり、素の腕力だけで島ひとつ叩き砕ける域に至った。

 そこにハガネを筆頭、数多の手練れから奪い、オリジナルまで昇華させた技術を乗算。

 単孤にて世界をも滅ぼし得る、まさしく『魔人』の出来上がり。


「チッ」


 しかし俺は、最強になりたいワケでも、無敵になりたいワケでもない。

 自分より弱い奴を甚振ったところで、腹の底にストレスを溜め込む一方だ。


「虎を縊れる力があっても、肝心の虎が居なけりゃ意味ねぇんだよ」


 求めてるのは、ひたぶるに


 全身全霊を振るうに足る敵が欲しい。

 俺を虫けら同然に踏み潰せるような脅威が欲しい。

 万策尽くそうとも届かぬ、百尺竿頭に一歩を進んで尚も及ばぬ相手が、欲しい。


「ぅるるるるる」


 心の奥底より、澱の如く湧き出る苛立ち。

 それに樹鉄刀が呼応し、パキパキと音を鳴らし、身体の其処彼処が鋭利を帯びて行く。


 いっそ──何もかも、ブチ壊してやろうか。


「月彦」


 煮え始めた脳髄に、気怠げなリゼの呼び声が染み渡る。


 ひとつ息を吐き、手元を見下ろす。

 異形へと転じかけた輪郭は、何事も無かったとばかり、元通りに収まっていた。


「ちぇー。ほっとけば変身とかしそうだったのにー」

「そうなったら殺されてたわよ。私以外、全員」

「今ん姿、後で体内ナノマシンのデータば保存しとかな……超カッコ良かったばい……」


 コーヒー飲みてぇ。

 五十鈴が淹れるの上手いんだよな。





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