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台所で昼餉の支度に勤しんでいたら、寝室に置きっぱなしのスマホが自己主張を始めた。
「おかけになった電話番号は、俺の個人的都合により出られません。発信音の後にメッセージを残したら七日後に死ぬ。溶けて死ぬ」
こちとらステーキを焼いてる真っ只中。
豪快なようで意外と繊細な作業ゆえ、迂闊に火の元を離れられんのだ。
「ふあぁ……もしもし、わたしー」
代わりに惰眠を貪っていたリゼが出た。
やっと起きたな。これで布団を干せる。
「……あら、久しぶりね。えぇ、えぇ……今、取り次ぐわ」
寝巻きに丁度いいと強奪された俺のワイシャツに袖を通したリゼが、くしくし目尻を擦りつつ、ふらついた足取りで寄って来る。
他に何も着る気が無いなら、せめて前くらい留めろ。だらしねぇ。
「電話」
「御覧の通り、手が空かん。後で折り返すと伝え――」
「甘木くんから」
そいつを先に言えよ。
耳に当ててくれ。スマホ。
「飯だぞ」
「んー」
寝起きのシャワーを浴び、濡れ髪を拭くのもそこそこ、下着姿で食卓に座るリゼ。
なんて体たらくだ。こういう有様を目にする都度、厳しい躾を強いた親御さんは慧眼だったのではと思えてならない。
「あー」
「しかも日に日に怠惰は増す一方。何故だ」
ねだるように開かれた口へと、小さく切った肉を差し出す。
食べる所作自体は丁寧なあたり、育ちの良さが垣間見えてアンバランス。
まあ、外だと相応に振る舞ってるし、別にいいか。
「で? 甘木くん、何の用だったワケ?」
「来週は妹をよろしく頼みます、だとさ。なんて人間のできた青少年だ、およそ年下とは信じ難い」
那須殺生石異界に行く少し前、つむぎちゃんに誘われた学園祭見物。
私立とあって中々に凝った催しらしく、メールで送られた三日間のプログラムは、結構なイベントを想起させるものだった。
――ただ。
「あそこの理事長が大の音楽好きで、毎年最終日に合わせて名の知れたアーティストを呼んでるらしいんだが……今年は中止になるかも、とか言ってたな」
「ふーん」
予定していたグループの集団食中毒。仕方ないと言えば、それまでな不運。
けれど今回の学園祭は、復学のタイミングもあり、つむぎちゃんが生まれて初めて参加する学校行事。
叶うなら万全なものとさせてやりたいのが人情。
「尤も俺には、ピンチヒッターを立てられるようなツテなんぞ……あ」
居たわ。よく考えたら心当たりが一人。
いや、一機。
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