265・Hildegard






 私、ヒルデガルド・アインホルンのスロット数は七つ。

 延いて今現在、習得済みのスキルは六つ。


 身体に触れた非生物を不可視化させる『ピーカブー』。

 私自身の影響で生じた、命に無関係な音を掻き消す『凪の湖畔』。

 半径十五メートル内に最大九ヶ所、念動の力場を展開し操る『空想イマジナリー力学ストレングス』。

 望む人、物、場所への最短経路を示す『ヘンゼルの月長石』。


 そして『ギルタブリル』。


 私が探索者シーカーとなって最初に得た、持ち得る手札の中で最も殺傷能力に秀でた真打。

 硬くしなやかな甲殻で下肢を鎧い、背骨を変質させた七本の尾を作り出すスキル。


 それぞれの尾には私の髄液を材料とした、各々で特性の異なる毒が含まれる。

 何れも四十番台階層程度のクリーチャーなら一滴足らずで殺せる激毒。

 背骨と繋がっているだけあり尾そのものの操作性も高く、そこに『空想イマジナリー力学ストレングス』を加えることで速度と攻撃力の飛躍的な嵩増し、及び飛行による三次元的な機動が可能。

 ただし『ピーカブー』の対象にはならない。


 強力な、強力過ぎて長時間の発動は難しいスキル。

 特に髄液の消費が厄介で、瀬戸際を間違えたら命すら危うい。

 専用の回復薬ポーションは当然備えているも、多用すれば薬物中毒を起こす類の、使い時を考える必要がある代物。

 易々とは切れない、良くも悪くもジョーカー。


 ――だけれども。そんな代償を抱えた力を持ち出そうと、深層クラスのボスを倒すには不足だろう。


 何せ奴等は、根本から人間種を凌駕した真性の怪物。

 たかだか命を賭す程度のリスクで討ち果たせるなら、とうに世界中のダンジョンは攻略されている。

 実際、同じく己の血肉を削るタイプのスキルを擁するツキヒコとリゼが、勝ちを収められていない。


 故にこその『捨身飼虎』。もうひとつの真打。

 二十四時間、任意の数だけスキルを封じ、封印ひとつにつき三分間、残ったスキルの性能をする力。

 単純な強化ではなく、ツキヒコの『双血』が持つ深化とも違う、凶化。


 その意味合いを教授しよう。

 ただし、代金は安くない。


首級しるしを貰うよ、牛っころ」






 目の前が赤く、紅く染まる。

 尾から逆流した毒が、じくじくと身体を蝕む。

 普通なら、毒が私自身を侵すことは無い。


 より激しく、スパーク音が弾け飛ぶ。

 全身を包む力場が暴れ、骨や内臓を軋ませる。

 普通なら、こんなことにはならない。


「こふっ」


 込み上げる咳。口元を拭えば、少量の血。

 内側から鼓膜を打つ乾いた音色と疼痛。肋骨が折れたか。


「……僕は。不老効果付きのスキルが欲しいと思ったことは、一度も無い」


 殆ど独り言に近い呟き。

 いや。事実、単なる独り言。


「老いを取り去ったところで、どうせ早死にするからね。四十まで永らえれば御の字」


 おなか痛い。肝臓あたりが潰れたかも。


「だから死ぬまで好き勝手に生きるのさ」


 金、名誉、名声、地位、権力、美男美女。

 欲しいもの全部余さず懐に収められたなら、その翌日に死んだって構いやしない。


 でも今は、まだまだまだまだ不十分。手にしてないものがゴマンとある。

 つまり死ねないし、立ち止まってる暇も無い。


 私が目指す場所は、もっとずっと遥か高み。

 こんなところで、家畜相手に梃子摺ってる場合じゃないんだ。


「さあ。僕のために殺されてくれよ」


 稲妻が如き鋭角の軌道で間合いを詰める。

 再び七本の尾を束ね、初撃と同じ位置に叩き付ける。

 噛み締め過ぎて、奥歯が割れた。


〈オオォォッ〉


 ああ残念、腕で防がれてしまった。

 しかし手応えあり。表皮が削れ、そこから血が滲み、薄く飛沫を上げる。


「くっ、くくっ、くくくくくくっ」


 まずいまずい、興奮してきた。

 凶化すると気の荒さも増すのは大きな難点だ。きめ細かな思考や判断が難しくなる。


 …………。


「ま、いっかぁ」


 早く殺そう。あんなものじゃ全然足りない、温かい血をたっぷり浴びたい。

 雨みたいに、ざあざあと。





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