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「豪血──『深度・弐』──」


 完全索敵領域を広げる。


 五感が掴む、優に直径数百キロ圏内の仔細。

 この場所の性質と地理を掌握した後、動脈に伝う赤光を掻き消す。


「あっちだな。少し歩くぞ」

「そ。もう一回繋げ直す?」


 くるくると指先で千鳥プラヴァを弄ぶリゼの進言。

 同じ階層内での転移なら、リソースは一割ヒトツキで済むが……。


「いや」


 幸い、ここは時間の流れが緩やかだ。

 暫しピクニックと洒落込んでも、問題あるまいよ。


「腹減ったろ。チョコバーでも食っとけ」

「おかわり」


 取り出した瞬間に消えた。

 手品か。






「お母さんスイッチ『あ』──『あんたなんか産むんじゃなかった』」


 不抜の剣を振り回し、機嫌良く口遊むヒルダ。


「お母さんスイッチ『い』──『いい加減、普通の子になって』」


 ただし内容は、だいぶ闇深い。


「お母さんスイッチ『う』──『うんざりなの、もう庇い切れない』」


 ちなみにヒルダの母親は、アイツが十二の時に自殺したらしい。

 理由は……まあ聞くに及ばん。


「お母さんスイッチ『え』──『エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラー』」


 父親の方も心を病んだ挙句、色々あって行方知れずだとか。

 こんな娘を持ってしまったばかりに、憐れな。


「お母さんスイッチ『お』──『お母さん、もう限界』」

「はしゃぐのは構わんが、またうっかり落ちても知らんぞ」


 鏡のように空を写す、静まり返った凪を見下ろす。


 ……俺の識覚が及んだ限り、この階層にはが無い。

 終わらぬ水平線。衝かざる天。文字通り底無しの海。


 しかも。


「単なる水じゃねぇな」


 鼓動の都度、冷気を撒き散らすフォーマルハウトが居るにも拘らず、凍っていない。


 極めて高純度な液状のエネルギー。

 既知の存在だと、溶かした魔石が最も近いか。


 ……いや。近似と言うより、まさしくこの水を基に魔石が創り出されているのだろう。

 となると、ここは、つまり。


「にしても随分と比重の軽い」


 ざっと純水の五パーセント程度。発泡スチロールでも沈みそうだ。


 比重の軽さとは、イコール浮力の弱さ。

 仮に泳ぎの達人でも、潜れば二度と浮かべまい。


「陸地の無い環境に対応出来るタイプで良かったな、お前達」


 ヒルダとフォーマルハウトは飛べる。

 リゼは幽体時に少し浮けるし、空間歪曲で一時的な重力軽減も出来る。

 五十鈴は慣性を停止させる『アカシンゴウ』の応用で水面を足場として固められる。

 揃いも揃って多芸なもんだ。


「ところで月彦。アンタ走るなら兎も角、どうやって水上を歩いてるのよ」


 怪訝な視線を俺の足元へと向け遣るリゼちー。

 なんか昔、同じような質問されたな。


「身体を小刻みに振動させ電磁パルスを発生、樹鉄刀で増幅、体表面に非対称性透過シールドを展開させてる」

「ひたいしょ……なに? 駅前カフェの新メニュー?」


 んなワケあるか。


「つまり電磁波んバリアで身体ば覆うとーとばい」


 分かりやすい解説どうも、五十鈴。

 ちなみに嘘だ。かなり適当なこと言った。怪獣王か俺は。





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