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〈ココハ源泉。遍ク門ノ根幹〉


 水を手酌で掬いながらの、誰にともつかぬ呟き。

 羽搏く氷翼が雪片を散らし、水面に降り積もり、溶け崩れて行く。


〈世界ニ擦リ込ム薬味ノ壺。結実ヲ果タスタメノ苗床〉


 …………。


「半分以上意味不明だけど、つまり世界中のダンジョンと繋がってるってコト?」

〈フム……紐付ケラレテイル、ト表現スル方ガ正シイナ〉


 リゼからの問いに少し思案し、伝わりやすいニュアンスを選ぶフォーマルハウト。

 割と気の回る女だな。


〈直接ココヘ通ズルノハ、貴様等人間ガ難度十ト呼ブ門ダケダ〉


 日本──『那須殺生石異界』。

 アメリカ──『ラヴクラフトの脳髄』。

 イギリス──『アヴァロン』。

 中国──『十六神凶桃源郷』並びに『万里の長城』。

 ロシア──『アブイェークト・チェルノブイリ』。

 ギリシャ──『降臨都市オリュンポス』。

 南極大陸──『ヴィンソン・マシフ・コキュートス』。

 太平洋中心部──『リ・アトランティス』。


 世界九ヶ所に聳える難度十ダンジョン。

 その悉くは最奥たる百階層で繋がっており、それこそが今、我々の立つ場なのだと。


「ふーん」


 自分で質問しといて、実に薄っぺらい生返事。

 態度悪いぞ、リゼちー。


 ……とは言え、ぶっちゃけ俺も興味の有無に関しちゃ、概ね同じ側だが。


 ダンジョンの仕組みだの成り立ちだの、そんなもん学者連中に任せておけば事足りる。

 こちとら百階層が世界滅亡の中心地だと聞いたから、遠路遥々と訪ねたに過ぎん。

 要は物見遊山。


「ねー月彦、スキル使うの疲れた。抱えて運んで」


 はいはい分かりましたよ、お姫様。






「着いたぞ」


 体感で半刻少々、実際には五分足らずな経過の末、足を止める。

 しかし時の流れが狂った空間てのは、あまり長居したい場所ではないな。吐きそう。


「んー? 特に他所と違う風には見えないよ?」


 上下逆さに浮いたヒルダが周囲を見渡し、小首を傾げる。

 まあ、探知系統の能力に秀でていなければ気付くのは難しいか。


「うぇっ。何これ気持ち悪っ」


 霊感と空間認識に於いては俺を遥かに凌ぐリゼが眉間を歪め、ある一点に視線を注ぐ。


 論より証拠。

 直に見た方が早いだろうと思い、赤い瞳が向かう先へ手を伸ばす。


 ──ぐにゃり、と気色の悪い触感。

 掌を虚空が、まるでゴムのように歪んだ。


「内部空間が猥雑に捻じ曲がってやがるな」


 軽く国ひとつ分は圧し固められている。

 まともな手段で突破するなら、何日も歩き詰めねばなるまい。


 そして勿論のこと、そんな馬鹿正直を選ぶ理由も必要も無い。


「さて」


 レディ・マスターキーことリゼに斬らせても良いが、些かマンネリな気がする。

 なので此度は、少し趣向を変えてみよう。


「五十鈴」


 小気味良くフィンガースナップ。

 リーダーたるもの、部下を呼び付ける時はスタイリッシュでなければいかん。


「用命の入力を希う。我が肉体に雷炎を、精神に風雪を……」


 なんて?


 ……たぶん「命令をくれ」って意味だよな。コイツの厨二語は何度聞いても慣れん。


 まあ、ともあれ、だ。


「ブッ壊せ」

「受諾」


 鷹揚に頷き、一丁だけリボルバーを抜き放つ五十鈴。


 次いで──黒百合の眼帯を、毟り取った。





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