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 、ゆっくりとサーベルが抜き放たれる。


「あァ?」


 それを単なる抜剣と呼ぶには、些かばかり奇怪が過ぎた。

 サーベルが消えたのだ。女が触れた瞬間に。


 装飾の細かな鞘のみ残し、消失した本身。

 どころか、黒塗りのハンドルを掴んだ手……両腕の半ばほどに至るまでもが、失くなっている。


 されど立ち姿や重心の位置から、腕も得物も依然とそこに在ることは明白。

 ならば一体、どういうカラクリか。


「透明化……いや」


 違う。視えなくなっただけではない。サーベルを抜く際の音が全く聴こえなかった。


 単純な不可視化のみに留まらない何か。

 装備の機能か、スキルによるものか。


 どちらにせよ発動のタイミングが上手い。

 剣身の材質も刃渡りも悟らせず、加えて唐突に四肢の半分が消え去ることで相手に少なからず動揺を与える算段。

 外人、取り分け欧米人は大雑把が服を着て歩いてるような連中ばかりだと偏見を持ってたが、改めよう。


 何より。雰囲気が、佇まいが、纏う空気が、如実に伝えて来る。


 こいつは、とびきりの手練れだと。


「ハハッハァ」


 想像だにせなんだ突発的エンカウント。これだから探索者シーカーはやめられない。

 迫り上がる笑いに合わせ、樹鉄刀を抜剣形態に移行する。

 樹木さながらに形成される剣身を見た女が、緩やかに瞠目した。


「君の武器かい? でもSRCの時は使っていなかったね」

「やっぱ、それ絡みのお客さんか。生憎あの時は、うっかり家に忘れてよォ」


 その所為で翌日に果心から鬼電を受け、都合三時間以上文句垂れられた。


 得物を逆手に握り、姿勢を低く取る。

 気の赴くまま適当にやっただけだが、今はこれがしっくりくる。


「君の映像記録は探せるだけ探したけど、本当に毎回構えが違うんだね」

「気分屋なもんでなァ」


 女の重心が、少しだけ前に傾く。


 間合いは約十歩。踏み込み一回にも満たない距離。

 ゴングを鳴らすべく、爪先に力を篭め――飛び出す間際、斬撃が俺達を隔てた。


「……何しやがる」

「こっちの台詞」


 片側三車線ほどの道幅に深々と残る『飛斬』の太刀筋。

 振り上げた大鎌を肩へと担いだリゼが、深く溜息を吐きつつ割って入る。


探索者シーカー同士の乱闘は御法度よ。活動停止にされたいの?」

「むぐ」


 痛いところを。活動停止になるくらいなら自爆した方がマシである。


 だけれど渋谷宝物館の時みたく、リアルタイムで監視されてるワケじゃないんだ。

 そもそもアレだって、十一階層からは接続が切れるらしいし。


 現行の技術では、十階層を越えた先で外と連絡を取り合える手段自体が無い。

 とどのつまり、バレなきゃ良くね?


「良くないわよ」


 したり顔で頷いてると、馬鹿を見るような目で再度溜息を吐くリゼ。

 心読まれた。


「……アンタも。どこのどいつか知らないけど、コイツを誘惑しないで貰える? 目の前に出されたものは、なんでも食べるんだから」


 人をハムスターか何かみたいに言うのはやめ――


「リゼ!」

「きゃっ!?」


 殆ど反射。直感による行動だった。


 リゼを突き飛ばし『鉄血』を使う。

 直後、肩口に叩き付く二連続の衝撃。硬化した身体に鈍痛が染み込む。


「アハハッ、アハハハッ。流石、やるね。凌がれたのは久し振りだ」


 さも愉快そうに、女が笑った。


「御免よ、お嬢さん。七面倒な申請と手続きを乗り越え、遠路遥々訪ねた異国の地。漸く目的の相手との顔合わせが叶って、恥ずかしくも昂りを抑えきれないんだ。邪魔は控えて貰えるかな?」


 何をしたかまでは分からんが、生身なら骨の数本は砕けたろう威力。


 このアマ、これをリゼに向けたのか。

 これを、リゼに向けやがったのか。


 …………。


「なんだァ? てめェ……」





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