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 樹鉄刀を宙に放る。

 大振りな柳刃が虚空を断ち、風切り音を響かせる。


「……?」


 その光景を目で追う女。


 樹鉄刀は奇剣の名が示す通り、異質な武器だ。初見なら尚更。

 故、唐突に手放せば、否が応でも意識を引かれてしまう道理。


 だが剣は所詮どこまで行こうと剣。

 欠いたところで、俺自身の力は微塵も変わらない。


「豪血」


 総身を伝う赤光。

 一瞬の間隙を縫い、手の届く距離まで間合いを詰めた。


 五指を畳み、腕を絞る。


 姦姦蛇螺の骨と鱗を組み合わせた、防具であり武具でもある籠手と具足。

 素材の硬度と鋭利な形状による攻撃力もさることながら、内側には女怪の髪を織った緩衝材が挟んであり、拳打蹴撃の反動を殆ど殺してくれる。


 また、この髪が装備の際に腕へと絡み、フィット感を高める仕様。

 ついでに外す時は手首足首の金具を引くだけで済む便利ギミック付き。


 受けるダメージは最低限に、与えるダメージは最大限に。

 凶暴なデザインに相応しく攻撃的かつ、精微な構造。


 ――拳を放つ。


 狙いは鳩尾。水銀刀を佩いてた頃によくやってた、吹き飛ばすのではなく内部で運動エネルギーを炸裂させる打ち方。

 加減はするし殺す気も無いが、肋骨の十本十五本は覚悟して貰う。


 少なくとも、そういう意図の一撃だった。


「……何?」


 遮られた。

 埒外な膂力を孕んだ、砲に等しい拳が、標的に届く間際で。


 虚空の只中で火花を散らし、音も無く静止する右腕。

 伝わる手応えは、金属を打ったそれに近い。


 不可視化したサーベルで防いだのか。

 しかし、ならば何故、衝突音が立たない。


「危ない危ない」


 己の不覚を省みるように苦笑しながら、ひとつ吐息する女。

 その四半秒後。衝撃が全身を貫き、後ろに飛ばされた。


「かっ……」


 肺から空気の塊が押し出され、宙で弧を描く。

 体勢を持ち直し、爪先で舗装路を削りながら着地したのは、ちょうど最初の立ち位置と同じ地点。


「……どういうこった」


 舌打ち混じり、タイミング良く落ちてきた樹鉄刀を、一瞥もせず掴み取った。





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