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 ――青木ヶ原天獄、四十一階層。


 …………。

 そう言えば。まだ知らなかったな。


 このダンジョンが、天獄と呼ばれる所以を。






「成程なァ」


 


「成程、なァ」


 天地の逆転した世界。

 俺達が足をつけるのは、その宙空を漂う浮島。


 ――墜ちている。或いは昇っているのか。


 遥か頭上の彼方を覆う、水晶の柱で埋め尽くされた地平。

 全身を鎖で縛られた、天使を思わせるフォルムのクリーチャー達が、赫く燃え盛る天を目掛け、雨のように降っている。


 地から天へと、墜ちて昇って――運良く浮島に引っ掛かった個体を除き、悉くが、足元の太陽に灼かれていた。


「天獄か。言い得て妙だな」

「ぅえ……」


 ふらついたリゼが、俺へ寄り掛かる。

 高い空間認識能力が災いし、このエリアの歪さを肌で感じ取っているのか、あまり顔色が良くない。


「大丈夫か?」

「三半規管おかしくなりそう……」


 応急処置として、酔い止め薬に浸した針を、神経の隙間を縫う角度で首筋に打つ。

 本来は飲み薬だが、こうやって血管に直接注げば少量で素早く薬効を届かせられる。先週、暇潰しに観た動画で覚えた。

 素人は真似するなと注意書きがあったけど、真似しちゃう。簡単だし。


「少しはマシになったか?」

「……ん」


 青褪めたリゼの面差しに、幾許か血の気が戻る。

 善哉善哉。流石に四十番台階層ともなると、徹頭徹尾守ってやるのは難しい瞬間がチラつくからな。


 リゼは俺達の中で最も間合いが広く、最も単発の攻撃力が高く、最も消耗が激しい。

 何せ『呪胎告知』は骨肉を燃料とするスキル。食事での補給にも限界がある。


 故にこそ、嘗てない鉄火場となるだろう深層まで温存を図るべく、出来るだけ後ろに控えさせていたが……ここからは、そうも行くまい。

 ただでさえ三人きりの貴重な戦力。ダウンされては困る。


「んじゃ、参るか」

「りょ」


 大鎌を杖代わりに立とうとするリゼを引き起こし、俺とヒルダの間に置き、一列縦隊で移動開始。


「これぞ勇者の陣形よ。てめぇ等、列を乱したら即馬車行きだかんな」

「馬車なんて何処にも無いけど」


 そんなヒルダの言に、俺は深々と溜息を吐いた。


「あるだろ、心の中に」

「意味分かんない……」


 ノリ悪いぞリゼ。






 にしてもホントなんなんだ、このエリア。

 三十番台階層に輪をかけて奇天烈な異次元。そりゃ吐き気のひとつも催すってもんよ。

 俺も酔い止め打っとこ。


「ん……あァ? くっ、この……」


 針が、貫通とおら、ねぇっ。


「――日。月彦の怪物指数、五ポイントアップ……と」


 こらリゼ、こら。変な記録を付けるな。


「チイィ……豪、血っ」


 無理矢理に刺そうとしたら、針が歪んで使い物にならなくなった。

 どないせーっちゅうねん。


「いや、普通に飲めばいいんじゃないかな……」





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