221
――青木ヶ原天獄、四十一階層。
…………。
そう言えば。まだ知らなかったな。
このダンジョンが、天獄と呼ばれる所以を。
「成程なァ」
地表を仰ぎ、空を見下ろす。
「成程、なァ」
天地の逆転した世界。
俺達が足をつけるのは、その宙空を漂う浮島。
――墜ちている。或いは昇っているのか。
遥か頭上の彼方を覆う、水晶の柱で埋め尽くされた地平。
全身を鎖で縛られた、天使を思わせるフォルムのクリーチャー達が、赫く燃え盛る天を目掛け、雨のように降っている。
地から天へと、墜ちて昇って――運良く浮島に引っ掛かった個体を除き、悉くが、足元の太陽に灼かれていた。
「天獄か。言い得て妙だな」
「ぅえ……」
ふらついたリゼが、俺へ寄り掛かる。
高い空間認識能力が災いし、このエリアの歪さを肌で感じ取っているのか、あまり顔色が良くない。
「大丈夫か?」
「三半規管おかしくなりそう……」
応急処置として、酔い止め薬に浸した針を、神経の隙間を縫う角度で首筋に打つ。
本来は飲み薬だが、こうやって血管に直接注げば少量で素早く薬効を届かせられる。先週、暇潰しに観た動画で覚えた。
素人は真似するなと注意書きがあったけど、真似しちゃう。簡単だし。
「少しはマシになったか?」
「……ん」
青褪めたリゼの面差しに、幾許か血の気が戻る。
善哉善哉。流石に四十番台階層ともなると、徹頭徹尾守ってやるのは難しい瞬間がチラつくからな。
リゼは俺達の中で最も間合いが広く、最も単発の攻撃力が高く、最も消耗が激しい。
何せ『呪胎告知』は骨肉を燃料とするスキル。食事での補給にも限界がある。
故にこそ、嘗てない鉄火場となるだろう深層まで温存を図るべく、出来るだけ後ろに控えさせていたが……ここからは、そうも行くまい。
ただでさえ三人きりの貴重な戦力。ダウンされては困る。
「んじゃ、参るか」
「りょ」
大鎌を杖代わりに立とうとするリゼを引き起こし、俺とヒルダの間に置き、一列縦隊で移動開始。
「これぞ勇者の陣形よ。てめぇ等、列を乱したら即馬車行きだかんな」
「馬車なんて何処にも無いけど」
そんなヒルダの言に、俺は深々と溜息を吐いた。
「あるだろ、心の中に」
「意味分かんない……」
ノリ悪いぞリゼ。
にしてもホントなんなんだ、このエリア。
三十番台階層に輪をかけて奇天烈な異次元。そりゃ吐き気のひとつも催すってもんよ。
俺も酔い止め打っとこ。
「ん……あァ? くっ、この……」
針が、
「――日。月彦の怪物指数、五ポイントアップ……と」
こらリゼ、こら。変な記録を付けるな。
「チイィ……豪、血っ」
無理矢理に刺そうとしたら、針が歪んで使い物にならなくなった。
どないせーっちゅうねん。
「いや、普通に飲めばいいんじゃないかな……」
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