220
――青木ヶ原天獄、四十階層。
〈ギヒヒヒヒヒッ〉
軽トラの荷台にギリギリ収まるかどうかの、馬鹿でかい猫の頭。
人間のような薄気味悪い笑顔を浮かばせ、宙を転がり、時折パッと消えては別の場所に現れる。
…………。
なんとも面妖なフロアボスだ。
「モチーフはチェシャ猫か? てっきりアリスかハートの女王が出るとばかり思ったが」
尤も、あくまでぽい世界であって、実際に不思議の国ってワケではないんだけどな。
「どっちも道中で似たようなの居なかった?」
「居たね。ツキヒコが『
そうだった、か?
言われてみれば確かに、それらしきクリーチャーを見た気がする。
そこら辺どうも記憶が飛んでて。
「リゼに殴られたことしか覚えてねぇ」
「気付けネコパンチ。にゃーん」
正気に戻してくれるのは助かるが、もう少し穏便な手段は無いのか。食らうと顎外れそうになるんだよ、気付けネコパンチ。噛み合わせを直すのが地味に面倒臭い。
あと、ついでに。
「もっぺん言ってくれ。にゃーん」
「にゃーん」
さて戦うか。
一対一だ。楽しみをフイにしたくはないだろう。
「豪血」
膂力を累ね、五感を尖らせ、詰め寄り、樹鉄刀を振り上げる。
「?」
猫頭を間合いに捉えた瞬間、微細な違和感を覚えるも、取り敢えず袈裟懸けに斬る。
太刀筋をなぞり、両断された頭蓋。
だが。
「あァ?」
〈ギヒヒヒヒヒッ〉
絹ごし豆腐でも斬ったかの如き手応え。
相変わらずのニヤけ面で俺を見遣る猫頭。
寄せる疑問に応じるよりも先、跳ぶ。
殆ど同時、俺が立っていた場所を何か鋭いものが抉った。
カラフルな爪。ネコ科動物と思しき左前脚。
視界の端では右前脚が、真っ二つになった頭をくっ付けようと断面に刷毛で糊を塗りたくっている。
「益々面妖だな」
接合が甘く、少し形のズレた貌。
高速再生持ち……というワケではなさそうだ。
見れば、階層内のあちこちに散らばった極彩色。
くっ付いたり、離れたり、浮いたり、沈んだり、消えたり、現れたり、踊ったり、脈絡無く動き回る巨大猫の
「お」
たっぷりと脂肪を蓄えた腹部。
古臭い漫画みたいなペケ印のデベソが、俺目掛けて
「どうやら間抜けな見かけの割には賢いらしい」
避けるには位置が悪い。
軌道の先にリゼとヒルダが居る。
無論、二人なら各々で対処出来よう。
とは言え、流れ弾を寄越すのは如何なものか。
「鉄血――」
静脈に伝う青光。
盾代わり、広げた左手を突き出す。
「――『深度・弐』――」
右手に握った樹鉄刀を地面へと突き立て、踏ん張る。
着弾、衝撃。ストーブに掌を翳した程度の熱は感じるが、ダメージは無い。
なんだ。こんなもんか。
「笑止――豪血」
戦闘中に一度は使ってみたかった台詞のひとつを消化した後、光帯を力任せに押し退け、出所である腹部を弾き飛ばす。
些か籠手が焦げ臭い。ぼちぼち俺の防具では対応のキツい段階か。
まあ、四十番台階層に現れるクリーチャーの大半はコイツより弱い筈。
もう暫くの間、気遣う必要は無さそうだ。
「にしても面白いな、お前」
正面切って光帯を防がれるとは思わなかったのか、ギョッと驚くズレた貌。
軽く鼻を鳴らし――上半身を屈める。
風切り音と併せ、背後から頭上を素通りする爪。
「ハハハハハッ。油断も隙もねぇ」
流石、四十階層フロアボス。
遊び相手に不足無し。
――が。
「生憎まだまだ次が控えてるんだ」
恐らくコイツは、何れかの部位に心臓と呼ぶべき器官が存在するか、或いは全ての部位を同時に倒さなければならないか……兎に角、仕込まれたギミックを解かない限り、倒せないタイプのクリーチャーだ。
それを一途に探すのは楽しそうだが、今も言った通り、俺達は道半ば。
五十階層へと辿り着くまで、余計な消耗は避けたい。
勿体ないけれど、早々に終わらせる。
「呪血――」
見渡す限り全ての部位が、軋むように動きを止め、捻れ始める。
函館迷宮のダンジョンボスを倒す時に使ったきりだが、正直これは、あまり好きじゃないんだよな。
「――『深度・弐』――」
簡単過ぎて達成感に欠ける。
しかも、やたら血を削るし。
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