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――青木ヶ原天獄、三十階層。
「特にドラマも無くフロアボス討伐完了、と」
二十階層の時と同じく不可視の盾で弾き飛ばし、サーベルで切り刻んで仕舞い。
戦闘風景も淡々としてたし、盛り上がりに欠けますな。
「おいヒルダ。なんか面白い隠し芸とかねぇのかよ」
「あるけど、こんな序の口で見せるようなものじゃないかな」
確かに。難度八ダンジョンの構成は全七十階層。
まだ俺達は、半分も来ちゃいない。
――青木ヶ原天獄、三十五階層。
「とかなんとか御託を垂れてる間に、到着しました折り返し地点」
登山家や南極探検隊みたく旗でも立てとくか。
でも残念、都合良く国旗なんか持ち合わせてない。
「ヒルダ、旗とか持ってないか」
駄目元で聞いてみる。
「持ってるけど」
「持ってるのかよ」
駄目元で聞いてみるもんだな。
出て来たのは当然と言うかドイツ国旗だが、まあいいだろ。日本もドイツも同じ地球の一部、似たようなもんだ。
「……アンタ達、こんな中途半端な階層で旗なんか立てて、どうしようってのよ……」
呆れ眼のリゼに告げられ、それもそうかと思い直した。
――青木ヶ原天獄、三十七階層。
「しかし随分、変てこなエリアだな」
馬鹿でかいキノコの森。
延々と続く生垣の迷路。
極彩色で塗り込められた出鱈目な構造の館。
その他、色々。
「ドジソンの作った世界かよ」
「誰?」
「ルイス・キャロルの本名だね」
俺、リゼ、ヒルダの順に喋りながら『鉄血』で無理矢理にイバラの生垣を直進し、通り抜ける。
この棘には猛毒があるそうだが、俺には効かん。傷すら付かん。
「……誰?」
「おいマジかリゼ。おいマジか文学部」
不思議の国のアリスの作者だ。
だいぶ有名人だぞ。しかも世界的に。
――青木ヶ原天獄、三十九階層。
「お。紅茶がある」
曲がりくねった館の通路を越えた先、だだっ広い一室の中央に陣取る長いテーブル。
三人分の椅子とティーセットが、こじんまり並んでいた。
「ちょうど喉が渇いてたんだよな」
「え……飲むの?」
信じられないとばかり、たじろぐリゼ。
そりゃ飲みます。折角、用意されてんだもの。
赤、青、緑のカップ。
フィーリングで赤を選び、一気に飲み干す。
「ふぅ、中々イケる。お前達は飲まねぇのか?」
どうせ口を付けんワケには行かんと思うぞ。先に続く扉に書いてある。英文で『一人一杯。お茶会が終わったら開きます』って。
「……ま、毒や薬物なら私には効かないし」
「僕は普通に効くんだけど……でもまあ、こういうギミックの場合、致死毒を呷らされるようなことは無い、筈」
意を決し、リゼが青を、ヒルダが緑を取る。
やがてテーブルに空のカップが三つ並ぶと、扉から鍵の外れる音が響いた。
「ネコミミが生えた……」
扉の奥に掛けられていた姿見に映る己を呆然と見遣るヒルダ。
頭上でピコピコ揺れる、髪と同じ金色の猫耳。
しかも両手には肉球まで。サーベル持てねぇじゃん。
「私は……なんともないわね」
鏡の前で身体のあちこちを確かめ、安堵の息を吐くリゼ。
どうやら紅茶の中に仕込まれた何かは『消穢』で掻き消えた様子。
……で、俺はと言うと。
「まさか性別が変わるとは」
頭ひとつ低くなった背丈。
細く弱々しく劣化した肢体。
倍以上の長さに伸びた髪。
誰コイツ。目元と髪色くらいしか名残が無いぞ。
装備のサイズが合わなくなって動き辛い。
骨に響く声の高さも、いつもと全然違って気持ち悪い。
「腹立つくらい美人ねアンタ」
「良い……」
ちゃんと元に戻るんだよな、これ。
取り敢えず、リゼの『
調べたところ、あの紅茶を飲むと様々なバステをランダムで食らい、三日三晩は負債を抱える羽目になるとか。
しかも飲む以外の選択肢は無し。踏み込んだ人数分だけ用意され、一人が二杯以上飲むと死ぬらしい。
フロアボス手前で、斯様な仕掛け。
嫌がらせかよ。嫌がらせだな。
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