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 ――樹鉄刀のバージョンアップに伴い、俺が獲得した多くのアドバンテージ。


 最たるものを幾つか挙げるなら、まずは先に告げた通り、樹鉄刀の攻撃力を保持したまま徒手戦闘が可能となったこと。


 姦姦蛇螺の籠手や具足は戦車砲クラスの攻撃にも耐える正真正銘一級品の防具だが、流石に『深度・弐』状態の『豪血』を受け止めるには荷が勝ち過ぎる。

 と言うか、ここ数日は『深度・壱』でも時折、嫌な音を立てていた。


 原因は主にスカディ戦での破損……なのだが、それだけではない。

 深層を蔓延るクリーチャー達との連戦による『双血』の酷使。その副産物たる根本的な肉体強化。

 つまり、俺自身が装備の性能限界を跨ぎつつあった次第。


 斯様な砌に起きた樹鉄刀の変貌は、まさしく渡りに船と言えよう。

 エネルギーさえ補充すれば何度でも蘇る特性そのまま、鎧と成ったのだから。


「ハハッハァ!」


 俺のイメージを意匠の原型としたのか、ほぼ全損してしまった防具一式を大雑把に模った樹鉄刀。

 その尖った指先で貫手を放ち、受け流されるも皮膚と肉を抉り取る。


〈温イワァッ!〉

「ハハハハハハハハ!」


 返す刀、叩き下ろされた豪腕を敢えて、相打ち同然の形で中段蹴りを見舞った。


〈ヌ、ウゥ……!?〉


 小さな苦悶。ガラ空きの脇腹が、深々と裂ける。


 形を変えようと剣は剣。拳打だろうが蹴撃だろうが、樹鉄刀を使った全ての攻めは斬れ味を帯びる。

 とどのつまり打撃と斬撃の渾然一体。さぞ痛かろう。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ残念! んなテキトー、芯に響かねぇんだよォッ!」


 反面、此方は骨と臓腑まで突き抜ける衝撃なぞ意にも介さず、埒外な膂力も脚を踏み込んで相殺し、間合いと攻勢を保つ。


 身を余さず硬めれば非力、五体五感を強めれば脆弱。

 それぞれを切り替えるにも、瞬きばかりの猶予が要る。

 そんな今までの俺には、どう足掻こうと不可能だった戦い方。


 これを遂せた枢要こそ樹鉄刀。

 俺の血肉を貪り、手足の延長と化した得物が、壁を砕いた。


 即ち――『豪血』と『鉄血』の、並行発動。


「ヤクでもキめたみてーに気分が良い! ヤクなんぞ使ったことねぇけどなァ!」


 あくまで『双血』という一スキルの枝分かれ。故に単体でしか扱えなかった。

 まるで、スイッチが増えたような感覚。


 俺の一部になったとは言え、樹鉄刀と俺は別の存在。

 限りなく近しいが、同一ではない。

 恐らく、そこが並行発動のキモなのだろう。


 詳しくは分からんし、ぶっちゃけた話、どうでもいいけどな。


 何せ現在いま、俺の脳髄を満たすものは、たったひとつ。

 眼前の怪物との死闘が齎す、天井知らずな法悦だけなのだから。


「さあ! さあ! もっと踊れ、もっと暴れろ、もっと殺し合え!」


 味わっても味わっても、全然足りない。

 もっと。もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――


「――この地獄を、愉しもうぜぇぇぇぇッッ!!」


 どっちかがくたばるまで、な。





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