584・閑話31






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 ……………………。

 …………。


 こうして直に対面を果たす日が訪れることは、造られた時から知っていたけれど。やはりと言うか、奇妙な感覚。

 まるで、自分以外が映り込んだ鏡を覗いているかのような。


「一応、はじめましてと挨拶するべきかしら」

「……ええ。そうですね。はじめまして」


 ふと思う。私にとって彼女は、如何なる位置に並べるべき存在なのか、と。


 母か。

 姉か。

 歳の離れた双子か。

 或いは私そのものか。


 いずれも一部分は正しく、しかし大部分が誤り。

 きっと私と彼女との繋がりを上手く指し示せる言葉自体、どこにも無いのだろう。


「これを」


 ともあれ、彼女が此処に来たを差し出した。


 簡素な絵筆で鳳と凰が描かれた、ごく小さな箱。

 火にくべてすら溶けない氷で細工された、菱形のアミュレット。


「ありがとう、u-a」


 そっと懐に仕舞い、踵を返す彼女。


 数年越しの顔合わせとするには短過ぎる応酬だが、未来さきを見渡せる私達に、雑談の類は意味を持たない。


 何より。彼女には、時間が無い。


 ──それでも。


「あの」


 それでも呼び止めてしまったのは、そうせずにいられなかったから。


「なぁに?」


 分かっていたとばかり、彼女が振り返る。


「……会いに、行かれるのですか?」

「勿論」


 交わした約束を守るため。

 延いては彼女の悲願を──藤堂月彦との逢瀬を、遂げるため。


 だけど。


「会ったところで、どうなるのですか。どうするのですか」


 答えなど既に明白な、単なる感情で投げ掛けた問いに、暫し沈黙が差し挟まる。


 返事に窮したのではない。

 ただ彼女が、口にすることを気恥ずかしがっただけの話。


「……手を」


 やがて紡がれたのは、あまりに素朴で、些細な希求。


「あの人と、手を繋ぎたいの」


 それこそが。全人類の救世主たるコスタリカの聖女、フェリパ・フェレスが唯一抱いた、彼女個人としての願いだった。





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