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此度の一件。延いてはダンジョンという存在自体の成り立ち。
交々含め、込み入った理屈だの事情だのゴチャゴチャ絡んでるらしいが……ハッキリ申し上げて、どうでもいい。
ひとまず俺が理解すべき重要な事柄は、至ってシンプル。
──あの樹を消し飛ばせば、世界滅亡は成立しない。
つまり消し飛ばそうと動けば、リシュリウ・ラベルが死に物狂いで抗ってくる道理。
それだけ分かれば十二分。
他の些事は、後で気が向いたら、ゆっくり考えればいい。
〈アァ、ナント猛々シイ……不要ナ色ヲ含マヌ、タダ純粋ナ破壊ノ息吹……〉
「あづ、あぢぢぢぢっ!? 余波、余波で焦げるっ!!」
「ふらふら飛びよーけん、痛か目ば見るっちゃん」
肉の焼ける匂いを漂わせ、宙を転げるヒルダ。
対し、セーフゾーンと判断したのだろう、リゼの側へと移った五十鈴が苦言を呈す。
俺への理解度が如実に行動で表れている。
付き合い自体は、ヒルダの方が長い筈なんだが。
まあいい。どうせ殺した程度じゃ死なない、ゴキブリの突然変異種みたいな女だ。
ともあれコンニチハは済ませた。
挨拶も儘ならんような輩は社会人失格。最低限の礼節ってヤツよ。
はははのは。
「ン」
続けて攻撃に移ろうと踏み出す間際、背後からリゼに掻き抱かれる。
拘束のつもりか。参ったな、強引に振り解けば怪我させちまう。
「未開地の蛮族でも、まだ幾らかマシな挨拶が交わせると思うんですけど」
「んだと」
耳元で囁かれる中々な失礼。
アイスに塗すチョコスプレーの量を半分にされたいか貴様。
いや、半分は可哀想だ。四分の三で。
動くに動けず水面に立ち尽くし、数秒。
濃い白煙と陽炎が、静かに晴れる。
「ぅるる」
視覚ひとつを塞いだところで他の識覚は鮮明ゆえ、分かっていたが……巨木も、リシュリウ・ラベルも、一切無傷。
つか今のでダメージなど負われていたら、そっちの方が興醒めだ。
「やはりか」
射線を遮ったのは、空間に張り巡らされた無数の糸。
毛髪の千分の一未満まで細く紡いだ、アラクネの粘糸。
「その身体。単なる似姿ってワケじゃねぇのな」
俺の骨を、肉を、血管を、神経を縫い合わせるそれと寸分違わず同じ組成。
唯一異なる点を挙げるなら、リゼの血で染めてあるか否かってとこくらいか。
「ええ。あなたと、あさからぬ、かかわりをもった、おんなのこの、もの、ですよ」
いけしゃあしゃあと、肯定が返る。
「まえのうつわが、いいかげん、ぼろぼろでしたので。すこし、かして、もらいました」
「はっ」
まさしく盗人の常套句。
どうせアレだろ。壊れたら返す的なノリだろ。
見え透いてんだよ、人でなしめ。
「ふふふ……さあ。こんどはわたしが、あなたに、しつもん」
「あァ?」
なんじゃらほい。
「あなたたちも、しってのとおり。わたしこそが、このかたすとろふの、ちゅうしん」
はあ。
「わたしを、あやめなければ。かたすとろふは、とまらない」
はあ。
「わたしを、あやめると、いうことは。このからだを、あやめると、いうこと」
長い。
「何が言いてぇ」
「ふふふふふ」
鈴の音に似た含み笑い。
黒く縁取られた異形の双眸と、視線が合わさる。
「──あなたに。このこを、あやめることが、できますか?」
…………。
「リゼ」
ちらと視線を遣り、抱擁を解かせ、少し離れて貰う。
次いで。右腕部分の樹鉄を溶かす。
「『穿式・燕貝』『針尾』」
高速回転する螺旋状の剣身を逆手に構え、振りかぶる。
「馬鹿か、てめぇ」
亜光速にて、投擲。
「質問に質問で返すみたいでアレだが」
糸の隙間を的確に縫った軌道。
「──なんで殺せねぇと思ったんだ?」
照準過たず、鳩尾を貫通。
それはそれは綺麗な、真円の風穴をブチ抜いた。
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