757・Rize
回旋を微塵も衰えさせず、投げられた勢いのまま彼方へ抜けて行くレイピア型の樹鉄刀。
刺突を受け、赤ん坊くらいなら潜れる径の穴が空いた、つむぎちゃんの華奢な身体。
傷口と呼ぶには大き過ぎる破損から噴き散る青い血。
月彦や五十鈴よりも数段深い色味の飛沫を眇めつつ、私は思う。
──そりゃそうよね。
月彦がつむぎちゃんを気にかけてたのは、あの子が甘木くんの妹だったから。
甘木くんに対して親身だったのは、彼がスロットを譲ってくれた恩人だから。
でも。アイツはもう、甘木くんのことを覚えていない。
記憶の消失。既に終わった出来事を差し替える特級スキル『ウルドの愛人』の代償。
積算された思い出こそが個人のアイデンティティと考えるなら、あまりに重いコスト。
恐らく月彦の脳髄に残る過去は、既に三割を切ってる筈。
まともな精神の持ち主なら、半ば自我が擦り切れる域の欠落。
小揺るぎもせず在り方を保ち続けるアイツは、やっぱりおかしいのだろう。
──けれど。行動や思考への影響自体は、確実に出ている。
つむぎちゃんへと向かう感情も、そのひとつ。
何せ甘木くんを忘れたなら、連鎖的に彼女を特別扱いする理由も立ち消える。
そんな必然を経た末の結果こそ、眼前の光景。
…………。
まあ別に構わないんだけど。好きにしちゃって、て感じ。
私。結局は月彦以外、どうでもいいし。
「くくっ、くはふっ、あははははははははっ!!」
見た目では間違い無く致命傷を負ったリシュリウ・ラベルが、声を上げて高笑う。
「ええ! ええ、ええ、ええ、ええ! でしょうね、でしょうとも!」
血を吐いて、たたらを踏んで。
心底愉快げに、笑い転げている。
「あなたに、あるのは! こつにくをえぐる、しげきへの、よっきゅう、だけ!」
水面に滴る血が煮え立ち、泡が弾ける。
「だからこそ! ぜいじゃくなからだに、つめた! すろっとも、あたえなかった!」
矢継ぎ早な独白が、滔々と続く。
「ちのそこを、はいずらせる、ために! ちのそこから、はいあがらせる、ために!」
お腹すいた。チョコバー食べたい。
「そしてあなたは、きょくてんに、いたってくれた! わたしの、のぞみどおりに! いいえ、のぞみいじょうに!」
食べる。美味しい。
「あなたを、くらえば! あなたを、うばえば! きっと、わたしは、みたされる! あなたを、さいごの、ひきがねに! わたしは、このせかいを、たいらげる!」
美味しかった。おかわり。
「ああ──かわいい、かわいい、わたしの、こ。わたしのための、いとしご」
もう無かった。悲しい。
「あなたに、こころなど、ありません。あなたは、だれも、あいさない。あいせない」
……?
「ちょっと待って」
生憎、後半ほぼ聞いてなかったけど、流石に今のは意義を立てさせて貰うわ。
「仰る通り月彦は人でなしだし、ろくでなしだし、死んだら地獄行き確定だし、前に受けたアライメント鑑定は混沌・悪だけど」
「そこまで言われてねーわ。つか中庸だ。悪はヒルダな」
「五十歩百歩。どっちだって似たようなもんよ」
「と言うかリゼも中立・悪だったよね」
でも。
「誰も愛せない、は取り消しなさい」
じゃなきゃ、可愛いリゼさんが人外みたいになるでしょ。
「月彦は、私のこと大好きなんだから」
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