800・Epilogue






 あの日。俺は自らの生涯を締め括るつもりで『ウルドの愛人』を使い、我が母リシュリウ・ラベルを本体諸共、根源より消し去った。


 過去、現在、未来。その全て、或いは何れとも異なるアンノウンへの過干渉。

 しかも相手は、人間一個のリソースで始末するには巨大過ぎる上位存在。


 にも拘らず、俺は消えなかった。

 理由を簡潔に述べるなら、リゼのお陰と称する他無い。


 ──俺が命を拾えた要因は三つ。


 たっぷり詰められ、二度と約束を破らないと誓って漸く許された後、受けた講釈。


 第一に、リゼが俺を忘れなかったこと。


 老いを免れるべく常に己の一部を『ベルダンディーの後押し』で固定しているリゼは、あらゆる精神干渉を寄せ付けない。

 取り分け『ウルドの愛人』に対する防壁は強靭で、俺が差し替えた過去の痕跡を消し去ろうとも、アイツの中にだけは残ってしまう。

 それが今回も順当に適用された、との談。


 第二に、俺の中にリゼの血で染めた糸が通っていたこと。


 幽体化を施し、その上で亜空間に隠されたアラクネの粘糸。

 血管よりも神経よりも細かく全身を巡る、今や我が一部も同然な代物。

 そいつを手繰り寄せ、スキル発動の負荷で崩れ行く肉体の消滅を抑え込んだらしい。

 元々アイツのチカラで位相をズラされてるんだ。引き絞る程度、朝飯前だろう。


 第三に、俺とリゼが同じ聖銀で作った指輪を嵌めていたこと。


 糸が肉体的な繋がりだとするならば、此方は差し詰め精神的な繋がり。

 聖銀は魂に触れることの能う対幽体物質。嘗て一個のブレスレットから分けられた経緯も手伝い、俺達を紐付けたのだと。


 いやはや。改めて並べ立てたら、まるで奇跡の見本市。

 要所要所にピースが嵌まり込み、的確な支点となった模様。


 …………。

 まあ、流石に一切ノーリスクとは運ばなかったみたいだが。


 当然の、寧ろ破格の代償としてし、俺自身も記憶の大半を失くした。

 覚えてるのは己のこと、リゼのこと。あとは断片的な残骸がチラホラ程度。

 幸い知識全般は消えていないため、特に困りはしないけれど……。


「クソッ。ワールドワイド・レジェンドマスター・アホアホキングの吉田がサンバを踊り狂う記憶だけ何故か克明に残ってやがる」


 やたら脳味噌にこびりついて離れない。

 いっそ消えてくれ。






「留守中、何かあった?」


 下着姿でヨガマットに寝そべり、腕一本で逆立ちしつつ問うリゼ。

 元世界レベルの新体操選手だけあって、身体の使い方は本当に上手い。


「来客が一件。青髪のデカい女。体内から機械音がしてた」

「あー」


 たぶん有機物と無機物を混合させたタイプのアンドロイドだな。

 俺を見るや否や泣きそうな顔になり、すぐ帰ったが。


「歯を一本くれってんで奥歯を包んだが、ありゃなんだったんだ」

「クローンでも造る気なんでしょ」


 俺の複製なぞ拵えてどうすんだよ。自分で言うのもアレだが、社会に解き放ったらマズいタイプの人種だぞ。

 類似品の製造とか、とてもオススメ出来ませんな。


「……と、そうそう。あと届け物が一件」


 個人的には、こっちの方がダントツで重要。


 やっと来たんだよ。待望の品が。






 厳重な梱包を解き、ケース内に収まった臨月呪母を引っ張り出す。

 あちこち歪んで酷い有様だった大鎖鎌は、すっかり元通りに直っていた。


「良い仕事だな。自己修復機構がイカレるほどのダメージを修繕出来るとは」

「腕は確かなのがホント厄介……持って行った時、殺されるかと思ったわよ……」


 リゼが溜息と共に長柄を握り、何度か軽く振り下ろす。

 形状も重心も扱い易いとは言い難い得物ながら、些かもブレない切っ尖。

 近接戦も普通に強いんだよなコイツ。


「ん、異常無し。すぐにでも使えるわ」

「そりゃ重畳。早速、しねぇとな」






 リシュリウ・ラベルが消えたことで、ダンジョンは中核を失った。

 向こう数十年をかけ、全てのゲートは緩やかに熱量を失い、崩壊を迎えるだろう。


 即ち──もう俺は、この世界に用が無い。


 世界は無数に存在すると、以前どこかで誰かに聞いた。

 俺自身も、ドラゴンとの戦いで『深度・肆』に至った際、それを確かに認知した。


 そして。その中には、目も眩むほど強大な怪物が跋扈する地とてある筈。

 次なる標的と見定めるには、十分過ぎる獲物。


 リゼの『次元斬』なら、異世界を渡ることも能う。

 故にこそ臨月呪母の修理を待ち詫びてたって次第だ。


「準備完了。頼むわ相棒」

「プリンとアイスとドーナツとケーキ食べ終わるまで待って」


 はい。






 そんなこんな、リテイク。


「よし。行くか新天地」

「ええ。行きましょうか」

「……あァ?」


 行きましょうかって、お前。


「着いて来る気か? 物好きな奴だな」

「置いてく気だったの? この薄情者」


 薄情も何も、あてどない風任せな旅だぞ。

 こんなもんに付き合わせるのは、いくらなんでもってレベルの。


「どうせこっちに居たところで暇を持て余すだけだし、親もアンタを忘れた所為で見合いしろ結婚しろのオンパレード。ダルくてしょうがないわ」

「つまり退屈アンドかったるいのか」

「つまり退屈アンドかったるいのよ」


 そいつは大変だ。


「てか、私抜きで世界を渡って、そこに飽きたらどうするつもりなワケ?」

「む」


 至極ご尤も。

 それに考えてみれば、リゼはやろうと思えば自力で帰って来られるし。


「……了解。そんじゃあ、麗しき我が比翼には、今暫くの御付き合いを願い出ようかね」

「りょ」


 地球に蔓延るダンジョンを這い回る迷宮狂いは、これにて仕舞い。

 ここからは三千世界を流れる過客として、人生の第二幕を開くとしよう。


 どうせ、俺もリゼも老いることは無い。

 死なない限り、時間は無限にある。


「手始めに何処行くよ」

「何処でも良いわよ。一緒なら」


 華奢な身体を抱き寄せる。

 壊れた腕輪型端末に代わり、互いの薬指に嵌まる指輪を、かつりと打ち合わせた。











「あ。でも、まともなお菓子すら食べられないほど粗末な文明のところは嫌」

「ふ──ははははははははっ! そりゃそうだ!」


 つくづく最高だわ。俺の嫁。





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蒼血の迷宮狂い 竜胆マサタカ @masataka1201

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