799・Rize






「──そうだリゼ、知ってた? メイウェイが日本人嫌いな理由」


 フルーツパーラーでパフェを掬ってたら、ヒルデガルドにそんなことを尋ねられた。


「知ってるワケないでしょ。お国柄?」

「昔、日本人の婚約者に逃げられたんだって。さっきショーコに教えて貰った」

「相手は昔ん上司やったけん、よう覚えとーばい」


 思いっきり私怨じゃないの。

 しょーもな。






「ねえ二人とも。僕達そろそろ結婚しない?」

「なんなの急に」


 ヒルデガルドは脈絡無く話題を変えるタイプだから、時々面食らう。


「スキルの使い過ぎで、とうとうアタマ壊れた? 脳味噌に機械なんか埋め込むからよ」

「失礼! 失礼極まれりだよリゼ! 僕まとも!」


 忿懣を表すべく『アリィス・トラオム』で頭上に作られた湯気。

 無駄なところで器用さを発揮するわね。


「どっちにしろ私パス。女と乳繰り合う趣味ナッシング」

「うちも多様性ば否定はしぇんばってん、嫁ぐなら男がよか」

「薄情者! いいじゃん結婚してよ、どうせどっちも独身なんだし!」


 週に一度は見合いを薦めてくるウチの親と同じようなこと言い始めるし。

 独身だったら誰でもオーケーとはならないでしょ、常識的に考えて。


「私もう所帯あるけど」

「嘘! その指輪が男避けのダミーだってことくらい知ってるんだぞ!」


 めんどくさ。


「ぐぬぬ……先の短い僕を助けると思って!」

「推定五年とやらの寿命を持ち出されてもね」

「身体ん限界も考えんで改造と酷使ば重ねた自業自得やろうもん」


 第一、なんだかんだ死なないタイプでしょコイツ。

 医者に余命半年と言われ続けて今日で十年経ちます、みたいな。


「てかアンタ、用事あるとか言ってなかった?」

「うん? ……わー、もうこんな時間!? キチダとの待ち合わせに遅れちゃう! じゃあね二人とも、結婚の話はまた今度!」


 慌しく伝票を掴んで支払いを済ませ、空中に浮かび上がり消えて行くヒルデガルド。


「また今度って……」


 何百回請われたところで、首を縦に振るワケないんですけど。






「ちょっと食べ足りないわね。別の店、寄ってく?」

「パフェ六杯平らげた後ん台詞とは思えん。うちゃ見よっただけで胸焼けしそうなんに」


 げんなりした様子で五十鈴が口を押さえる。

 アラサーは大変ね。良かった、スキルのお陰で老けなくて。


「……ばってん。一ヶ月もありゃあ、どげんかなるもんやなあ」


 ふと。そんな口舌が流れる。


 あの最悪のカタストロフから、四週間。

 街並みを見渡せば殆ど復興も終わり、ほぼ元通りの生活が営まれている。


「これもボス達ん尽力か。まさか私財ん七割ば復興資金に注ぎ込むなんて思わんやった」


 お陰で南鳥羽カンパニーの株価は右肩上がり、らしい。

 株とか興味無いし、よく分かんない。


「リゼ」

「なに」


 おもむろに、神妙な顔つきで向き直られた。

 なんなの。


「その……うち、実は先日ボス……南鳥羽博士に交際ば申し込まれたばってん……どうすりゃよかて思う?」

「知らないわよ」


 世界存亡の危機を乗り越えた後だからか、どいつもこいつも頭お花畑。






「そ。学校、始まったの」

〔はいっ。友達もみんな無事で……ちょっと、泣いちゃいました〕


 スマホのスピーカー越しに聞こえる、安堵と歓喜の声色。

 内心、少し面倒に感じつつも相手をする。


〔リゼさんの方は、お変わりありませんか?〕

「そうね……先週、馬鹿親に騙されて見合いさせられそうになったくらいかしら」


 あれには本気で腹が立って、屋敷を斬り刻んでやろうかと思った。


「いっそ、こっちから男の一人も連れて行けば、少しは大人しくなるんでしょうけど」


 諸事情で難しいから困ってる。


〔あ……じゃあ、お兄ちゃんとかどうですか? たぶんあっちも満更じゃないですよ?〕


 歳下はノット好み。優男もナシ。






 紙箱入りのホールケーキを亜空間ポケットに放り込み、家の玄関先へと道を繋ぐ。

 ダンジョン外での攻撃系スキルは原則使用禁止? 知らないわね、そんなスワヒリ語。


「ただいまー」


 ドアを開けると同時ドタドタ鳴り渡る、幾つかの人ならざる足音。

 掃除中だったらしく、埃ひとつ落ちていない廊下を歩くと、芳しい香りが漂う。


「ビーフシチュー。ケーキの前菜には打って付けね」


 足取りを弾ませ、キッチンに踏み入る。

 寸胴鍋を掻き混ぜる後ろ姿が、真っ先に映り込んだ。


「おかえり」


 正面を向いたまま告げられる。

 なんとなく気に食わなくて、ぐりぐりと背中を突き回した。


「ええい、なんだってんだ」


 手を止めて振り返る、私より頭ひとつ大柄な褐色肌の男。

 雑に縛った灰色の髪を掻きながら此方を見下ろす、髪と同じ色の瞳。


 そう。それでいいのよ。


「ただいま、月彦」

「あァ? ああ、おかえり、リゼ」


 ふふん。





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