798・EVA
〈その浮薄な男。まさか貴方の器ですか? 随分と趣味が良くなりましたね〉
〈あまり友人を悪し様に言わないでくれ。キチダには色々と助けられたんだ〉
楽園に降り立った最後の生命。原初の人類、ADAM。
不変なる世界に流動を、被造物の自己進化を求めた造物主に欲心を与えられ、しかしそれを厭い、棄て去ることで完璧を手に入れたニンゲン。
私が産まれ落ちる契機となった、第二の元凶。
〈身体を借りて数十年、僕に代わって力を尽くしてくれた。本当に頭が下がるよ〉
〈でしょうね。あの剣を探し出すだけでも、結構な面倒だった筈〉
鞘に収まった間は何の力も持たない、単なる鉄塊。
抜剣に必用不可欠な対の存在である双つの石剣共々に揃えるとなれば、巡った世界は百や二百では到底収まるまい。
〈御苦労なこと〉
飢餓が消え、鮮明となった思考を回す。
〈色々。成程〉
ぽつぽつ浮かぶ得心を、どうせ最期だからと投じる。
〈二十五年前。饗宴を催す間際だった私に斬ヶ嶺鳳慈をけしかけたのは、貴方ですか〉
奴の所為で以前の器は著しく傷付けられ、その後は満足な起床すら難儀した。
あれさえ無ければ最初にABELと刃を合わせた時、遠隔操作の人形などではなく私自身で赴き、あの子を殺せた筈。
──否。そも、とっくに世界を食らえていた。
〈ホウジ君は死に場を欲してた。端末の君では、些か役者不足だったみたいだけど〉
言ってくれる。ヒトガタの器で斃せるものか、あんな化け物。
極星の一角たる五等星──白面金毛九尾の狐でさえ、戦いの最中に私が奴の背中を刺し貫いていなければ、どう転んだか分からない。
稀に居るのだ。ああいう、生まれた世界の標準値を明らかに逸脱した者が。
……イレギュラーと言えば、あれもか。
〈フェリパ・フェレスに未来予知のスキルを与えたのも、貴方ですね〉
私の足を大いに引っ張った二人。
それが此奴の工作だとするならば、合点も通る。
〈……彼女には、重過ぎる荷を背負わせてしまった。君と同じように〉
恐らく過去に於いても、飢えで脳髄を掻き乱された私が気付かぬ立ち位置から、様々な妨害を重ねていたのだろう。
今に至るまで直接姿を現さなかったのは、器の身を案じて、か。
〈楽園と共に滅んだ僕が、あの剣と共に自我を取り戻したのが一万五千年前。それからずっと考え、後悔し続けていた〉
…………。
〈
何を、今更。
〈君の犯した罪は、君を切り捨ててしまった僕の罪だ〉
だから。私を止めるべく動いた、とでも?
〈くだらない〉
昔と何も変わらない。
馬鹿は死んでも治らない。
〈今際の和解でも求めているのですか?〉
〈駄目かな……? そりゃ、都合の良過ぎる話だとは、分かってるけどさ〉
目を開けたまま寝言を呟けるなんて、芸は上達したらしい。
〈一昨日出直せ、気色悪い。私が貴方の手を取るなど、百兆年経っても有り得ませんよ〉
吐き捨てた私を見返すADAM。
積年の溜飲が、少しだけ下がった。
一番嫌いな相手に看取られる。
相応しいと言えば、相応しい最期。
〈EVA。君が消えたら、器の女の子を送り届けておくよ〉
どうでもいい。好きにすればいい。
…………。
ひとつだけ、心残りがある。
〈
心底、意外そうな視線が向く。
正味の話、私自身も驚きを隠せない。
こんな情動が、まだ残っていたなんて。
〈……彼は〉
幾許かの沈黙から続いた口舌に、耳を欹てる。
〈ふ、くくっ。ははっ、あははははっ!〉
聞き終えた後──思わず、笑ってしまった。
〈ウケる〉
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