797・×××






 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 改めて振り返ってみれば。自分の終わりなど、想像したことさえ無かったと思う。

 そんな余裕すら、ずっと持てずにいたから。


〈ああ。ああ、ああ、ああ〉


 数百億年? 数千億年? 数兆年? 分からない。

 長い長い、あまりに長過ぎる時を、常に極限の飢餓と共に生きてきた。


〈酷い話〉


 苦しい、ただただ苦しいばかりな星霜の積み重ねだった。


〈巫山戯た話〉


 そもそも。私という存在が生を受けてしまったこと自体、創世以来最低最悪の過ち。


〈馬鹿げた、話〉


 あの煌びやかな原初の楽園で、たった一人、欲という穢れを基盤に産まれた汚泥。

 耄碌した造物主を喰い殺し、楽園を喰い尽くし、それでも満たされず、こうやって地べたを這いずり、食べこぼしを舐め取る餓者。


〈そう。そうだったの〉


 只管のたうち続けた。

 心も、罪の意識も、擦り減って擦り減って擦り減って、とうに喪い尽くした。


 全ては──飢えという苦しみに、背を向けるため。


〈なんて、愚か〉


 しかし今は。とても穏やかだ。


 もう間も無く、消え失せるからなのか。

 この瞬間。産まれて初めて私は、飢えを感じていなかった。


〈死ねば、解放されたのね〉


 尤も、早くに気付いていたところで、きっと何も変わらなかったけれど。


 一万五千年前、あの忌々しき刃に、造物主の残滓を圧し固めた切っ尖に殺された時でさえ、私は死ななかった。死ねなかった。

 当然だ。あれに能うのは端末を縊るまで。本体を滅すチカラなど無い。


 それが限界。そこが臨界。

 リソースの大半を私に貪られた三千世界の、上限。


ABELアベル……〉


 そんな無理を成し遂げた、愛し子の名を囁く。

 世界を渡る都度に造り続ける七十七の子の中でも、最たる才の持ち主に与える名を。


 ……あの子は、どうなってしまったのだろうか。






「やっはろー!」


 微睡む私の耳朶を、軽薄な声が揺らす。


 ゆっくりと瞼を開けば、そこに在ったのは見知らぬ顔。


〈何者です〉

「お初! 俺ちゃん、吉田ってナイスガイよ! よろたんうぇーい!」


 薄れ行く私と同じ座標。

 次元の狭間たる虚数空間に何故、人間が。


「んー、ちょい待ちプリーズ。もしもーし、こちらヒューストン。応答せよ応答せよ」


 そんな疑問を抱いたのも束の間。

 ふと、ある可能性へ行き着く。


「お、繋がったちゃん! ほんじゃまかスリランカ、巻きでナリ! あとは若い二人に任せて、お邪魔虫は退散! あでゅー!」


 まさか。この男。






〈──やあ〉






 雰囲気が、一変する。


〈いつ以来かな〉


 懐かしい空気。

 懐かしい声色。

 懐かしい眼差し。


〈貴方……〉


 間違いない。

 間違える筈も無い。


 こいつは。






〈久し振りだね。EVAエヴァ

〈……よくも、おめおめと私の前に顔を出せましたね。ADAMアダム





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