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傍らにリゼを下ろす。
突然『豪血』を発動させた俺へと、怪訝な表情が向けられる。
「……ごめんな」
ひとつだけ気掛かりなのは、コイツとの約束を破ってしまうこと。
しかも。その埋め合わせすら、たぶん出来ない。
こればかりは……まあいいか、とはならねぇよな。
〈今更どうするつもりです? 徒労を重ねるくらいなら、その子と最期の時間を過ごした方が幾らか建設的だと思いますが〉
「生憎、俺達ドライなんだ」
深化させた負荷で身体中が軋む。
込み上げる喀血を吐き捨て、歩み出る。
「──『深度・参』で『豪血』を発動させた俺は、上がり過ぎた身体能力によって光速を超え、時間と空間の整合性が破壊された領域へ踏み入る」
わざわざ懇切丁寧な説明を行う理由も無いけれど、折角のオーディエンスがワケも分からんまま観劇ってのは締まりが悪い。
それに。どうせ最期だ。
「普通なら超光速状態で人間の五感なんぞ芥子粒ほども役に立たんが、俺は仔細漏らさず精微な認知が適っている」
故にこその、完全索敵。
〈……何が言いたいのです?〉
「わっかんねぇかなー」
察しの悪い奴め。
「この深度でも差し障らず『ウルドの愛人』が使えるってこった」
〈? ……ッ!?〉
此方の言わんとするところが伝わり始めたのか、リシュリウの表情が強張って行く。
「ははっ」
時間と空間が捻れ、事象の順序すら破綻した混沌状態。
とどのつまり、過去と未来と現在の渾然。
その渦中に限り、俺は──全ての可能性を見通し、全ての出来事を差し替えられる。
尤もコイツを実際に使うのは、正真正銘、今日この瞬間が初めてだが。
「成程。アレが完全なカタチで押し寄せてたら可能性もクソも無かった。手も足も出なかったろうよ」
けれど。何もかも不完全な今であるならば、話は別。
〈やめな、さい〉
とうとう顔色を変えたリシュリウ。
端の震えた声音で以て、制止を訴えられる。
〈やめなさい、××××〉
当然と言えば当然。俺は今から奴の存在を無かったことにするつもりなのだ。
自らの存続が懸かれば、そりゃあ必死にもなろう。
ま、やめてやる道理など無いんだが。
ここに至って命乞いとは見苦しいぞ。
〈分かっているの。端末だけならまだしも、
「ああ。超えてるな」
いやはや、一体どれだけの代償が必要になるやら。
〈記憶を喪う程度で済む筈が無い。貴方の存在そのものが世界から消えてしまう〉
「マジかよセンセー」
つまり俺だけが全てを忘れるに留まらず、世界も俺を忘れるってハナシか。
となれば。この身体も魂も、跡形無く滅するだろう。
〈いい子だから、やめ──〉
「ウケる」
爆死で終われないのは残念だが、そういう結末も面白い。
それに俺を忘れるなら、リゼも気兼ねせず新しい男を探せる筈。
立つ鳥跡を濁さずってな。次はもう少しマシな相手を見付けろよ。
「では、お立ち会い」
右手の親指と中指を重ね、高く掲げる。
さーて。温め続けた死に際の台詞を、今こそ使う時。
…………。
「やべぇ忘れた」
仕方なくフィンガースナップに大仰なアクションを加え、誤魔化すことに。
土壇場の対応力に関しちゃ、やはり俺は天才らしい。
「リゼ」
振り返らず、後ろの相棒を呼ぶ。
「ありがとう」
お前が居てくれたお陰で、確信を持って言える。
「最高の
俺は消えるが、お前は明日も明後日も変わらず面白おかしく過ごせ。
いつか死を迎える日まで、お前が幸せなら、俺も嬉しい。
「じゃあな」
「──ショウ・ダウン」
指を、鳴らした。
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