444






 ああ。

 飽きた。

 飽きまくった。


「リーゼー」

「二階層までは自力で、みたいなこと言ってなかった?」


 言ったな。

 確かに言った。


 しかし、だ。


「変化を恐れていては道を切り拓けない。かのヘレン・ケラーは言った。人生は勇気を持って挑むか、棒に振るかの二択だと」

「アンタね……」


 呆れた様子で見返される。

 舌戦は不利と睨み、圧縮鞄に隠し持ってた有名店のシュークリームで買収した。






幽体化アストラル……『呪胎告知』……」


 前払い分のシュークリーム片手、短尺なナイフに呪詛を注ぐリゼ。

 マゼランチドリの限界値であり、ダンジョン内で道を繋げるための最低値でもある五割イツツキきっかりで留め、逆手に構えた。


「『宙絶イツツキ』――――ああぁぁぁぁああぁぁっっ!!」


 多量の呪詛と空間歪曲が混在した、赤とも黒ともつかない斬撃。

 狂った笑い声に似た風切り音を撒き散らし、十三へと裂け、八方より一点に収斂、衝突。


 罅割れる空間。ボロボロと崩れ落ちる虚空。

 やがて、不自然なほど真円に近い、人一人を悠々と通せるだけの穴が穿たれた。


「ふーっ……開通。取り敢えず三十五階層に繋いだわよ」

「ご苦労さん」


 後払い分のシュークリームを差し出す。

 やはり菓子を忍ばせておいて正解だった。






 ――クワイエットヒル。


 全四十階層、難度五。

 静岡県が擁する唯一のダンジョン。


 二十番台階層までは何の変哲も無い、特徴らしい特徴に欠けた十把一絡げな構成。

 しかし一歩でも三十番台階層へと足を踏み入れれば――まさしく魔窟。


「最低」


 周囲を見回したリゼが、渋面で呟く。


 血だか赤錆だかよく分からん、触って確かめるのも嫌な汚れがこびり付いた、仄暗い屋内。

 曇ったガラス窓の向こうを覗けば、荒廃した街並みの広がった風景。


 なんともはや。一番近い雰囲気を挙げるなら、軍艦島の廃街エリアあたりか。

 生理的な嫌悪感を催すという点に於いては、こっちの方が数段勝っている印象だが。


「まるで街自体が、腐りかけた巨大な骸」


 ここを初めて訪れた奴は、中々に上手く名付けたものだ。


「『死骸地しがいちエリア』か。ウケる」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る