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 果心に預けたままの樹鉄刀を除いた装備一式に着替え、ダンジョンゲートが据えられた第四ホールへと続く通路の途中でリゼを待つ。

 毎度毎度の、すっかりと馴染んだ一時。


 ただ、前のギチギチパツパツなら加力革帯パワーベルトを十本も二十本も身体に巻く手間を考えれば頷けたが、今はスライムスーツを着るだけだろうに。

 女の身支度に関する云々は、全く以て分かりかねる。


「――嘘じゃねーって!一桁シングルランカーが来てるんだよ、本当に!」


 手慰みにスカルマスクを開けたり閉じたりしてたら、何やら興奮気味な大声。

 あまり人気が無い分、余計に響く。


「ほら、今期で新しくランクインした七位の! そう榊原リゼ! やべーよ、肌とか真っ白で超美人だった! 写真とか撮らせてくれっかな!?」


 無理だと思う。


 あと、どうでもいいけど指輪型とかチョーカー型のスマホで話してると、独り言を並べてるようにしか見えんな。






「嫌よ」


 案の定、写真も握手も断ったリゼ。

 にべもないとは、まさしくこのことか。


「ありがとうございますっ!!」


 転じて、だいぶ塩対応を受けたにも拘らず、何故か寧ろ嬉しそうな相手側。

 ファンサって奥深いわ。






 最近まともにゲートから攻略を始めていなかったため、たまにはと思い、一階層スタート。

 暫くぶりだな、迷宮エリア。


「大鎌はどうした」

「亜空間ポケットの中。ここ難度五でしょ、要らないわよ」


 マゼランチドリを片手で弄びつつ、ガムを噛み始めるリゼ。

 それもそうか。


「お。ゴブリン」


 曲がり角の向こうから姿を現す、俺より少し背が低い程度の人型クリーチャー。

 マッシブな身体つきは手練れの格闘家を想起させ、実際問題、空手の黒帯なんかと同等以上には強い。


 逆に言えば対クリーチャー用の武器防具や戦闘系スキルを携えた、人間以上のバケモノを相手取る前提で装った者なら倒せて当たり前の存在。

 単なるスロット持ちが探索者シーカーを名乗るに能うか否か推し量る、最低限も最低限の試金石。


 ――そう言えば昔、地元に居たな。ホブゴブリンとゴブリンの集団に襲われたトラウマでダンジョン攻略を諦めた探索者シーカーくずれ。

 常人よりは遥かに強いもんでヤクザの用心棒をやってたが、凶暴凶悪な人格破綻者に喧嘩を売った愚行のツケで今も病院暮らしと聞く。


「誰が凶暴凶悪な人格破綻者だ」

「いきなり何? 自己紹介?」


 いっそ殺してやった方がマシな、生涯を棒に振る痛めつけ方をした自覚はある。

 あの時は何故あんなカスが探索者シーカーになれて俺が、みたいな感じだったもんで、つい。


「二体か。片方やるよ」

「別に要らないけど……」


 かったるそうな溜息混じり、リゼがマゼランチドリを雑に振るう。

 スキル『飛斬』の効果で何十倍にも伸長された間合いに踏み入っていたゴブリンは、何の抵抗も無く右半身と左半身に泣き別れた。


「見惚れてる場合か?」


 唐突な片割れの死に唖然と立ち尽くす、もう一方。

 浅い踏み込みで距離を詰め、デコピンを見舞う。


〈ギッ〉


 破裂音。

 陥没する額。

 目耳鼻口より噴くドス黒い血。

 弧を描き吹っ飛ぶ恵体。


 横たわる頃には、既に絶命済み。

 小さな魔石だけ残し、消え去って行く。


「ホント、どっちがクリーチャーだか」

「なんだと」





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