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〈――コレハ、コレハ。ヨウコソ、コノヨウナ世界ノ片隅ニ〉


 ひょろ長い脚で立ち上がり、電柱ほどの高さとなった見猿が、低く笑う。


〈女。女ガ二人モ。アア、シカモ、ソッチノ黒髪ハダナ? ククク、運ガ良イ〉

「品性。のっけからアクセル全開かよ」


 こいつ、リゼを黒髪と呼んだな。目を塞いでるくせ視えてるのか。

 まあ明らかに視覚ありきな所作だが。クリーチャーの能力や生態を固定観念で判断するのは迂闊極まる。


「ツキヒコ。僕いま信じ難い情報を聞いたんだけど」

「後にしろや、クーゲルシュライバー」

「何故ボールペン」


 なんとなくに決まってんだろ。


「……初対面の猿にセクハラ食らった私は、この感情をどこにぶつければいいのかしら」


 眉根を寄せたリゼの周りで、甲高いスパーク音が弾ける。

 スキル『消穢』が害と看做すほど強い拒絶を抱いた際に起こる、効果対象の拡張現象。


 どうやら猿共と同じ空気も吸いたくない模様。

 不用意に触ったら俺まで焦げそうだ。


 よし触ってみよう。


「なによ」


 焦げなかった。


「痛ったぁ!?」


 ヒルダは弾かれて焦げた。






 ゆるりと水面を歩き、間合いを測る。

 三猿も問答無用で仕掛ける気は無いのか、動きが鈍い。


〈黒髪ハ儂ガ貰ウゾ〉

〈デハ金髪ヲ頂コウ〉

〈男ノ方ハ筋張ッテイテ不味ソウダ……〉


 耳を塞いでいるにも拘らず、口を塞いでいるにも拘らず、流暢に見猿と会話する聞か猿アンド言わ猿。

 肌で感じる膨大なエネルギーといい、得体の知れん連中だ。

 恐らく、こいつ等を適当な国にでも放り込めば、数時間と待たず更地に変えるだろう。


 大口真神などの、那須殺生石異界で殺し合ったクリーチャー達をも凌ぐ存在感。

 分類状では、全九種の悉くが討伐不可能指定された九十階層フロアボスの次に高い危険度を有す、難度九ダンジョンボス。


 役者に不足無し。

 そろそろ、仕掛けるとしようか。


「抜剣――『鞘式・優曇――」


 やめた。

 気が変わった。


「リゼ。ヒルダ」


 後ろと頭上に位置取る二人を呼ぶ。


「丁度良い。一人一体ずつで分けよう」


 両掌を、ギャリギャリと擦り合わす。


「誰が最速で仕留めるか競争な。ドベは晩飯奢り」

「のった」

「はぁ……」


 ――たまには、初手から本気を出してみるか。





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