484






「俺」

「僕」

「いや俺だ」

「いや僕だ」


 互いに譲らぬ堂々巡り。

 そんな不毛を続けるうち、通常より数倍も長い階段の終わりが、知覚の端に引っ掛かる。


「チッ……いつまで駄々こねやがる気だ。我儘も大概にしろ、それでも社会人か」

「自分のことを棚上げするにも限度があるって思わないかな?」


 これっぽっちも思わない。

 俺は俺に甘いのだ。


「アンタ達。一応聞くけど、二人で協力するって選択肢は?」

「ねぇな」

「無いね」


 些か間を置き、盛大な溜息。


「つーか手を離したまえよリゼ」


 →↓↘+Pのコマンド技『抜け駆けダッシュ』が使えないだろ。

 ヒルダの奴も首根っこ引っ掴まれててイーブンなのは、不幸中の幸いだが。


「しょんぼりカテナチオ」


 なんだ今の誤訳。






 鼻腔に纏わりつく潮の匂い。

 肌をベタつかせる不快な海風。


 前人未到の終着点。

 男鹿鬼ヶ島八十階層は、奇妙なほどに凪いでいた。


 否。そんなことより。


「なにゆえ」


 本邦初公開。

 アマゾン探検隊、もとい俺達の前に現れたダンジョンボスの形姿に、思わず首を捻る。


「猿ね」

「猿だね」


 いつでもマゼランチドリを振るえるよう身構えたリゼと、既に臨戦態勢のヒルダが、各々呟く。


「しかも三匹居るよリゼ」

「複数タイプのダンジョンボスとか、死ぬほど面倒なんですけど」


 ……鬼ヶ島と呼ばれし魔境の底で待ち構える首魁が、鬼ではなく猿。

 それ自体に関しちゃ別段、思うところは無い。そもそも人間が勝手に呼び始めただけだ。


 ただ、一点。一点だけツッコませて欲しい。


「ここは日光じゃねぇぞ。同じ猿なら、せめて経立とか他にも色々あったろ」


 目を塞いだ猿。

 耳を塞いだ猿。

 口を塞いだ猿。


 所謂『見猿・聞か猿・言わ猿』が、四十年余で初めてだろう来客を前に色めき立っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る