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「リゼ。今何時だ」
「夜の二時過ぎ」
確かダンジョンゲートを潜ったのが、朝の七時前後。
即ち、途中何度か休憩を挟み、四十番台階層に入ってからは可能な限り交戦を避けつつ――と言うか暗殺スタイルに切り替え、最短ルートを進んだ結果、ここに到着するまで一日近くかかったワケだ。
……いや。正しくは、一日もかからなかったと表現するべきか。
「二十四時間足らずで五十階層に来られるダンジョンなんて軍艦島以外にあるのか? 甲府迷宮の三十階層だって、地上から三日四日はかかるって話だぞ」
「モスクワの『試練の逆塔』とか?」
「あそこは特殊過ぎるだろ」
一階層から八十階層まで全てがフロアボスで埋め尽くされた、凡その
故にカタストロフを防ぐ方策としてロシア政府は、このダンジョンの攻略進行率に応じた割高な討伐ポイントと懸賞金を出している。
追々、行ってみたい場所のひとつだ。
「……ま。取り敢えず今夜のところは、先客で埋まってるが」
軍艦島四十九階層。
最奥となる五十階層への階段を眼前に、水銀刀を二度三度と振り下ろす。
買い求めた当初、素の腕力では少し重く感じた手応え。
けれど膂力の成長と得物自体への慣れに伴い、今や『豪血』を使わずとも問題無く扱える。
「さっき少し寝て体力回復したし、増血薬も飲んだ。そっちはどうだ?」
「二時間前に栄養補給済み。ギリ三発はフルで行けるわ」
コンディションの調整をしながら進んだ成果は十二分。
ガス欠寸前状態だった初見時や、大技直後で隙を晒した四十階層時のような不備不覚は、もう割り込む余地すら無い。
「……よし、いざ参るか。大まかな段取り決めは歩きながらと行こうや」
「りょ」
硬質な石造りの階段に、一歩目を置く。
未だ見えざる五十階層より吹く生温い風が、纏わり付くように頰を撫ぜた。
煤けて崩れかけたビルと広い歩道に両側を挟まれた、片側三車線の道路。
階段の向きに沿って数百メートル伸びる道の半ば。中央分離帯に、八尺様は腰掛けていた。
〈ぽ……ぽぽ、ぽぽぽ〉
俺達に気付くと、失くした左腕の断面を押さえながら立ち上がる。
最初と二度目の対面での印象。俺という気に入った男の存在による浮ついた雰囲気は最早、面影すら残っていない。
名が示す通りの八尺にも届こう長躯を猛獣さながら前屈みに傾かせ、真っ黒な双眸は敵意と怒りに塗れている。
ガリガリと肌を掻き毟る、質量を持ったかの如き殺気。
今まで相対してきたクリーチャーとは一線を画す力量を証左する、夥しい存在感。
「オイオイオイオイ、凄まじい立腹具合じゃねーか。お前が腕斬ったからだぞ、謝れ」
「ごめんね許して。これでいい?」
気弱な者であれば。まともな者であれば。萎縮や恐怖のひとつも覚えたろう。
が、しかし。生憎と俺は、どちらとも無縁。
俺よりずっとマトモなリゼも、何やら八尺様に随分と腹を立てているため、冷ややかな視線を返していた。
「おう勿論。ちゃんとごめんなさい出来て偉いな、センセー褒めてやろう。八尺様も、もういいよな? 気にしてないよな、片腕失くなったくらい」
水銀刀を構える。大鎌の石突きがアスファルトを叩く。
此方の臨戦を見て取ったのか、八尺様は一層に顔を歪ませ――可視化したほど強い呪詛だろう、黒い靄のようなものを纏い始めた。
「ハハッハァ! よし、それじゃあ仲直りの握手代わりに! ひとつ殺し合いと行こうぜぇっ!!」
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