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〈ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ〉


 静かなれども強い怨嗟の声。その薄気味悪い旋律に呼応する、質量を帯びた呪詛。

 謂わば『呪胎告知』と同系統のそれが八尺様の視線に合わせ、鞭のようにリゼを襲う。


「『幽体化アストラル』」


 感覚的に『消穢』で打ち消し切れないと判断したのか、物理無効の『幽体化アストラル』で捌くリゼ。

 本来ならば幽体に呪いをすり抜けることは適わないが、濃くなり過ぎたあまり物質化してしまったなら話は別。密度の薄い余波は、そもそも『消穢』で掻き消される。

 結果、縦横無尽な猛攻はアイツに一切触れられず、寒々しい風切り音と共に虚空を抉り続けるばかり。


「精神毒の塊か。まともに食らえば魂が身体ごと腐っちまうな」


 火や氷なんかの属性エレメンタルには耐性のある、骨肉に留まらず臓器や血管、筋繊維の一本に至るまで余さず硬化させる『鉄血』だが、残念ながら精神や魂魄は対象外。

 取り分け俺の魂はスロット移植手術の影響で若干強度が落ちているため、集中的に狙われると面倒臭い。

 まあ、持って生まれることの叶わなかった素質を後付けするための代償と思えば、妥当どころか安過ぎるくらいだ。


 ともあれ『鉄血』での防御は避けるべきか。

 然らば。


「豪血」


 動脈に赤光奔らせ、八尺様の攻撃圏内に飛び込む。


〈ぽぽぽぽぽ――ワタシノ、モノニ――〉


「ならねぇよ」


 感覚強化により体感時間が伸び、若干スローとなった空間の中を、同じく強化された肉体で以て駆ける。


 呪詛で形作られた数十本の鞭モドキ。

 読み辛い軌道で迫って来る嫌らしさに加え、霧と薄闇に紛れて視認も難儀。


 が、鋭敏化した五感を舐めないで頂こう。暗視の域に達せし視覚はハッキリと攻撃を捉えているし、聴覚が受け取る風切り音と肌に触れる空気の流れで半径数メートル以内の情報は丸裸だ。


 オマケに、この手の攻撃方法は既にスレンダーマンで経験済み。

 パワーもスピードも精密性も手数も全てコイツが上回ってこそいるけれど、根本的な性質が同じなら対処も同じ。


「触れられるほど強い呪詛ってのも良し悪しだな。聖銀製でもない俺の得物だろうと弾けちまう」


 尤も、駄目なら駄目で刀身を聖水に浸すとか色々方法はあるが。


 ――三十秒ほど回避を続け、クセを読む。

 生き物とは面白いもので、一見複雑な動きほど全体で見れば律を刻む。以前その読み取り方をリゼに教えたところ、宇宙人でも見るみたいな目で分かるかと返されたが。


 勿論のこと、中にはリズムのパターン、謂わば楽譜自体をポンポン変えてしまう気分屋も居る。例えば俺みたいに。

 けれど八尺様の律動に、今のところ変化は無い。


 よって、まずひとつ反撃に出るなら――この右薙ぎの次に来るであろう、鞭モドキ五本を絡み合わせた叩き下ろしの直後。


〈ぽぽ〉


 よし予想通り。

 回避先は後方斜め右。これまでのパターンでは瞬時に対応出来ない位置へ飛び退ることで、向こうさんの攻勢が半秒ばかり鈍る。


「リゼ」


 指を鳴らし、合図する。

 攻撃が掠りもしない俺に八尺様が気を取られた隙、リゼが大鎌を振るう。


「『呪胎告知』……『ミツキ流斬ナガレ』……!!」


 太刀筋をなぞって飛ぶ一閃。

 フルどころか半分溜める時間も作ってやれなかったが、無防備には受けられまい。


〈ぽぽぽぽぽっ〉


 赤とも黒ともつかない斬撃に、十本近く束ねた鞭モドキをぶつけ相殺。

 否、向こうの呪詛は薄れこそしたが消えていない。打ち負けた。


 とは言え。


「ナイスアシスト」


 強めの踏み込みで間合いに入り、反時計回りに二回転。

 遠心力を上乗せした水銀刀で、左脇腹に一撃。


 咄嗟、ガードしようとする八尺様だが――生憎これを庇えただろう左腕は、半日前に失くしたばかりだ。





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