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 なんともはや。


「クソ硬ってぇ」


 戦闘開始より早くも四分半。

 都合八回ほど隙を作り、二十ばかり打撃を叩き込んでみたが……どうも手応えが薄い。


 原因は八尺様の全身に纏わり付く黒い靄。物質化した呪詛。

 攻撃用として一部のみ使っている鞭モドキの時点で相当な強度。大元に至っては最早、壁に等しい。

 参った。分かり易い弱所も無さそうだし、チマチマ攻めたところで全く埒が明かん。


「あぶね」


 薙ぎ払いを回避した直後、喉笛へと迫った際どい突きをすんでで躱す。

 リゼが合間合間に放つ『飛斬』や『流斬ナガレ』の数も、だいぶ減ってきた。

 どうやら向こうも、俺達の対処に慣れ始めた様子。


「……少し混ぜっ返すか」


 リズムを変える。構えとか呼吸とか足運びとか、諸々全部。


 今までなら確実に避けていたものを防ぎ、防いでいたものを避ける。

 右に躱していたものを跳んで躱し、左に躱していたものを弾き返す。


〈ぽ……ッ〉


 急激な律動の変化は、なまじ直前までの応酬に馴染みつつあった分、下手すれば初見時よりも受け攻めが粗末になる。

 スポーツ選手なんかが試合の流れを変えたい時には自然とやってることだ。俺の場合、気分次第でもよく変わる。


 ――しかし。


「マズいな」


 ここまでり合い、まともにダメージを与えられないのは初めてだ。

 今まで使う必要すら感じなかった目に映る技術以外のワザも織り込んでると言うのに、決定打どころか有効打すら入らない。


 流石は難度六のダンジョンボス。渡り合えてるように見えて、あまり余裕は無い。呪毒の塊を一度でも食らえば、その瞬間に状況は著しく悪化するワケだし。

 加えて鞭モドキを延々避けていられるのも、こうやって長々と思考にリソースを割けるのも、ほぼ『豪血』による強化あってこそ。


 故、この綱渡りじみた拮抗状態も、あと三百秒を待たず時間切れ。

 俺は貧血で確実に戦力減。リゼと立ち位置を交代したところで、アイツには八尺様を正面から捌き続けられるほどの身体能力が無い。それを補える『幽体化アストラル』も持続性に欠ける。

 即ち、勝ち目ガタ落ち。まあ、そこからの命を擲った逆転劇ってのも少年誌的展開で激しく燃えるが、そういうピンチは陥るものであり、自ら飛び込むものでは非ず。


 ――となれば、俺が取るべき行動は。


「ハハッハァ! 悪いな、作戦タイムだ! 暫時お待ち下さいませぇ!」


 残り五分、いや一分でケリをつける算段の構築。

 。故にバックステップでリゼの位置まで下がり、手を伸ばした俺の意図を汲み取って『幽体化アストラル』を解いた身体を抱え、更に下がる。


「ふーっ……ふーっ……あー、も、苦し……で、何?」

「リーゼーちゃん。ちょっとオハナシしーまーしょ」

「……は?」





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