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 そもそも、ここまで戦況が膠着している理由とは何か。


 偏に相手が一線級の探索者シーカーすらタイマンは避ける、真なる怪物の領域に爪先を踏み入れた強敵、難度六のダンジョンボスだから――間違ってはいないけれど、もう少し具体的に噛み砕ける。


「奴の防御は硬過ぎんだ」

「言われなくても……かひゅっ……分かっ、てる……」


 血色の悪い顔に少なからぬ疲労を湛え、荒く呼吸を繰り返すリゼ。

 直前まで二十秒近く『幽体化アストラル』を使い続けた絶息が祟り、酸欠を起こしかけてる。


 無理もない。あれは発動の際、肺に溜まった空気まで大半を透過してしまう。使用中の体力消耗も合わせ、普通に息を止めるより何倍も辛い筈。

 加えて明確な格上との対峙だ。さぞ神経を削るだろう。


 やはり長引くほど俺達が不利。

 寧ろ想定より悪い。ボーダーラインは三百秒どころじゃなかった。

 この分だと俺の血が擦り減るより先に、リゼの方が潰れちまう。


 ……だが。これは一方で、此方の推測が正しいことの裏付けでもある。


 俺が前に出ているにも拘らず、長時間『幽体化アストラル』を使わざるを得ないほど、リゼが集中的に狙われてる。

 つまり。


「言葉が足りてなかったな。いいか、八尺様の防御は硬過ぎんだよ」

「……?」


 全身を覆う攻防自在の呪詛。

 けれど戦ってて分かった。攻防の比率が明らかにおかしい。


「奴は自分の能力を扱い切れてなかった牛頸とは違う。あんだけ器用に鞭モドキを操れるなら、もっとデカくて多彩な攻めなんて幾らでも出来る」


 なのにやらない。打って出ない。

 九対一、或いはそれ以上にリソースが守りへと偏り過ぎている。

 近距離での細かな動きを見たところ、もっと攻撃的なスタイルこそ本懐であろうに。


「今だって何故、距離を置いた俺達に仕掛けて来ない? なんでだと思う?」


 異様に縮こまってる。

 その理由、真っ先に浮かぶ可能性は。


「……私が、アイツの腕を斬ったから?」

「御名答」


 他者による片腕の切断。人間ならば相手の顔を思い出すだけでパニックを起こしたって不思議じゃない。

 そして二十番台階層で俺から逃げたクリーチャーが居たように、連中にも恐怖はある。


 とどのつまり、八尺様は自分の腕を斬り落としたリゼに本能的な部分で怯えてる。格下相手に防御を固め、攻勢を鈍らせるほど。

 俺の水銀刀は殆どを呪詛の鎧で防いだくせ、リゼの場合は『飛斬』も『流斬ナガレ』も鞭モドキで迎撃していたのが、いい証拠だ。


 ──そこを利用させて貰う。


「耳貸せ。今回は俺に、いい考えがある」





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