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野球中継と柳生十兵衛って、奇跡的なくらい語感が似てるよな。
「……悪い、今なんて? ワンモアプリーズ」
〈何度デモ伝エルトモ。妾ノ夫ニナレ、ト申シタノダ〉
俺の聞き間違い、或いは向こうの言い間違いではなかった模様。
一体何がどうなって、そういう結論に至ったのか。
不思議だ。摩訶不思議だ。
「ザ・スピリチュアル。世にも奇妙な物語」
しかも。この手の体験、実は初見に非ず。
「クリーチャーに求婚されるの、トータルで何度目だったかね」
あちこち虫食いだらけの記憶を掘り返す。
覚えてる範囲で七回。最近だとハガネを探しに那須殺生石異界へ潜った際、深層でエンカウントした巫女服姿の
こめかみブチ抜いて『
つか。
「こちとら既婚者トーマス」
嵌めたまま『破界』を繰り出した所為で左手薬指に焼き付き、剥がれなくなった聖銀の指輪を翳す。
重婚罪は懲役二年。
〈……アノ死神メイタ女カ〉
そ。可愛いだろ。
愛嬌ゼロだが、近頃あれはあれで個性じゃないかと考え始めてたりする。
結局のところ男女関係とは、理想より慣れ。
名前も知らん先人の遺した金言。おお真理。
〈構ワヌ、赦ス。移リ気モ男ノ甲斐性ユエ〉
ヒルダみたいな理屈を捏ねるんじゃありませんよ。
尤もアイツの場合、許容対象は己自身だけで、囲う相手が不貞を働こうものなら、目玉くり抜きの刑が待ち受けてるけど。
理不尽の権化。
〈妾ノ銘ハ『絶凍竜妃』。王持タザル妃〉
左様で。
〈永ラク番ヲ求メ続ケ、ソシテ見付ケタ〉
そいつは重畳。御苦労さん。
〈其方ガ良イ。其方ニ決メタノダ〉
勝手に決められても困る。
返す返すも重婚罪は懲役二年。
〈竜ト成レ、ツキヒコ。其方ナラ、極星スラ超エラレヨウ〉
「……竜?」
ちょっと好奇心くすぐられるフレーズが出たぞオイ。
やめろよ。俺は我慢弱いんだ。
〈妾ノ破瓜ヲ受ケタ者ハ竜ト成ル。悪イ話デハ無カロウ?〉
「…………まあ、契約書類に目を通すくらいなら……」
〈揺れんな揺れんな。欲望に忠実過ぎやろジブン〉
氷の欠片で石積みをしてた鳳慈氏に突っ込まれ、我に返る。
いかんいかん、危うく竜王月彦が爆誕するところだった。やたら将棋上手そう。
「魅力的な提案だが、謹んでオコトワリさせて貰うぜ」
〈ホウ。妾ノ玉体ヲ玩具ニ出来ルノダゾ?〉
自分に対して使う表現じゃねーだろ、玉体。
「相方なら事足りてる。これでも俺ァ、リゼのこと大好きなんでな」
そもそも、この状況でフォーマルハウトの提案を受けるなど、あまりに勿体無い。
折角、俺の命を食い千切れるほどの存在が目の前に居ると言うのに。
とどのつまり。
「番が欲しいなら力尽くで来いよ。殴り倒した俺に跨がりゃ済む話だろ」
〈最早ただの蛮族やん〉
残念ながら鳳慈氏の賛同こそ得られなかったものの、フォーマルハウトは暫し考え込んだ後、にたりと嗤う。
〈相分カッタ。ソウスルトシヨウ〉
軽く弾いたフィンガースナップが、音も光も静止した世界に甲高く鳴り渡る。
その波紋と共に。瀑布の如く、夥しい氷雪が押し寄せた。
「おー」
さながら白亜の大津波。
こいつは壮観。ダンジョン百景にランクインも狙えそうだ。
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